伝説的GKカルメロ・セドルン氏が95歳で死去、クラブが哀悼の意を表明

アスレティック・ビルバオのゴールマウスを14シーズンにわたって守り抜いた伝説的なゴールキーパー、カルメロ・セドルン氏が95歳でこの世を去りました。1951年4月15日のセビージャ戦でデビューを果たした彼は、当時のフェルディナンド・ダウチク監督を説得して名手ライムンド・レサマからポジションを奪取。以降、公式戦404試合に出場し、これはクラブ歴代18位、GKとしてはホセ・アンヘル・イリバルに次ぐ2位の偉大な記録です。

彼のキャリアはまさに黄金期そのものでした。1955-56シーズンのリーガ優勝に加え、3度のコパ・デル・レイ優勝(1954-55、1955-56、1957-58)、そして現在のスーペルコパの前身であるコパ・エバ・ドゥアルテ(1950-51)のタイトルを獲得しています。中でも語り草となっているのが、1958年にサンティアゴ・ベルナベウで行われたコパ決勝です。欧州王者であったレアル・マドリードを打ち破ったこの試合は、11人の村人という伝説として今もクラブの歴史に燦然と輝いています。

カルメロ氏はバルセロナのクバラやレアル・マドリードのディ・ステファノといった歴史的スター選手と対峙し、アスレティック初の国際大会(1956-57シーズンのヨーロピアンカップでのポルト戦やマンチェスター・ユナイテッド戦)でもゴールを守りました。また、リーガでの連続試合出場記録(132試合、1952年から1957年)を長らく保持し、これは近年イニャキ・ウィリアムスに更新されるまで破られませんでした。スペイン代表としても13試合に出場し、1962年のチリW杯ではチェコスロバキア戦とメキシコ戦に先発しています。

1962年に後継者であるイリバルにポジションを譲った後、エスパニョールで4シーズンプレーし、最後はアメリカのボルティモア・ベイズで1968年に引退しました。彼と同じくアスレティックやレアル・サラゴサでGKとして活躍した息子のアンドニ・セドルンへと、その血脈は受け継がれています。クラブは公式声明にて『カルメロは赤白の歴史において偉大な伝説の一人として記憶されるだろう。安らかに眠れ』と深い哀悼の意を表しています。 (via Mundo Deportivo)

ニコ・ウィリアムスが過去の悪習を反省し、意識改革を告白

W杯のウルグアイ戦で負傷し状態が心配されていたニコ・ウィリアムスですが、幸いにも大事には至らず、ポルトガル戦に向けたグループ練習に復帰しました。そんな中、RTVEのドキュメンタリー番組内で、彼自身の口からプロサッカー選手としての自覚に欠けていた過去の生活習慣とその劇的な変化について赤裸々に語られました。

彼はかつての自分を振り返り、『サッカー選手としては、食事の面でも寝る時間に関しても、とても悪い習慣を持っていた。PlayStationで遊ぶ時間も長すぎたんだ。以前はレサマに来て練習して、家に帰ったら午後は友達や彼女と過ごすだけだった。若い時は何でもできると思いがちだけど、簡単じゃないと気づいたんだ』と告白しています。

怪我で苦しんだ時期については、『私を知っている人は、私がいつも笑顔でいることを知っているはずだ。でも、怪我をした数ヶ月はいつもより沈んでいて、泣いたし、たくさん苦しんだ。でも今は自分らしさを取り戻している。助けを求めること、そして何より自分の体をケアすることは何も悪いことではないと気づいたんだ』と語り、肉体と精神のケアの重要性を強調しました。

この変化を支えたのは周囲の存在でした。『今年は難しかったけれど、彼女がとても助けてくれた。父、母、そして兄も。それに2、3人の友達もね。そこで、困難な時に本当にそばにいてくれる人と、イビサ島に行くためだけに現れる人の違いに気づくんだ。人生で学ばなければならないことだし、23歳の今、これが起きるのに最高のタイミングだったと思う』と周囲への感謝を口にし、現在は『チームと練習して、その後にもう一度個人的な練習をしている』と、完全にプロフェッショナルとしての自覚を手に入れたことを明かしています。 (via SPORT)

テルジッチ新体制が始動、プレシーズンに30選手を招集し退団候補も判明

エディン・テルジッチ新監督のもと、2026-27シーズンに向けたアスレティック・ビルバオのプレシーズンがレサマで本格的に始動しました。初日はメディカルチェック等が行われ、W杯に参加している4選手を除く30名の選手が顔を揃えました。

クラブからの公式発表による招集メンバー30名は以下の通りです。

GK: フレン・アギレサバラ、アレックス・パディージャ、ミケル・サントス

DF: ヘスス・アレソ、アンドニ・ゴロサベル、ウゴ・リンコン、イェライ・アルバレス、ダニ・ビビアン、アイトール・パレデス、イケル・モンレアル、ユーリ・ベルチチェ、アダマ・ボイロ、ヨハネコ・ジャン・ルイ

MF: ミケル・ベスガ、イニゴ・ルイス・デ・ガラレタ、アレハンドロ・レゴ、ベニャット・プラドス、ミケル・ハウレギサル、ベニャット・ゲレナバレナ、オイアン・サンセト、ペイオ・カナレス、セルトン・サンチェス

FW: アレックス・ベレンゲル、ロベルト・ナバーロ、ニコ・セラノ、アルバロ・ジャロ、イライジャ・ギフト、ゴルカ・グルセタ、マロアン・サンナディ、ウルコ・イセタ

W杯参加中のニコ・ウィリアムス、ウナイ・シモン、そしてアイメリク・ラポルテについては、大会での勝ち残り状況に応じて合流時期が決定されます。また、すでにガーナ代表として敗退が決まっているイニャキ・ウィリアムスは、火曜日にレサマを訪れて挨拶を済ませた後、しばらくの休暇に入ることが確認されています。

一方、クラブの許可を得て今回の始動から欠席したのがウナイ・ゴメスとウナイ・ベンセドールです。彼らはテルジッチ監督の構想外となっており、今夏の移籍市場での完全移籍またはレンタルの対象となる最初の選手たちであると見られています。 (via ElDesmarque)

イニャキ・ウィリアムス、ガーナ代表敗退で厳しい批判を浴びる

ガーナ代表としてW杯に出場していたイニャキ・ウィリアムスですが、ラウンド16のコロンビア戦に0-1で敗れ、無念の大会敗退となりました。彼は今大会4試合中2試合に先発出場したものの、チームを勝利に導く決定的な働きを見せることができず、ガーナ国内ではベテランのジョルダン・アユーとともに敗退の責任を問われ、厳しい批判の的となっています。

レスター・シティでの降格も経験するなど、プロキャリアにおいて非常にタフな1年を過ごしたイニャキですが、今後はしっかりと休養を取り、数週間以内にテルジッチ新監督が率いるアスレティックのプレシーズンに合流する予定です。ピッチ内外でチームのリーダーとして、新シーズンでの名誉挽回が期待されます。 (via ElDesmarque)

テルジッチ新監督、就任前にユップ・ハインケスから熱い推薦を受けていた

アスレティックの新たな指揮官に就任したエディン・テルジッチ監督ですが、その決断の裏には、過去に2度(1992-1994年、2001-2003年)クラブを率いた名将ユップ・ハインケス氏との深い繋がりがありました。

当時の会長であったホセ・フリアン・レルチュンディ氏が明かしたところによると、テルジッチ氏がボルシア・ドルトムントの監督に就任した際、彼はハインケス氏の自宅を訪ねて教えを乞うていたとのことです。ハインケス氏はこの時の印象を『彼の人間性、価値観、礼儀正しさ、そして教養の高さから、非常に素晴らしい印象を受けた』と絶賛し、アスレティックに対しても太鼓判を押していました。

この熱い推薦の言葉はテルジッチ氏本人の耳にも届いており、彼はアスレティックの監督就任が決定した際、自分を高く評価してくれたことへの感謝を伝えるために、再びハインケス氏へ電話をかけたそうです。偉大な先人の後押しを受け、ドイツ人指揮官の新たな挑戦が幕を開けました。 (via Mundo Deportivo)

W杯の影響でバルセロナとのリーグ開幕戦が延期となる可能性が浮上

ラ・リーガのハビエル・テバス会長が、現在開催中のW杯の影響により、リーグ開幕戦の一部日程が延期される可能性を示唆しました。

規定により、選手には大会終了後から21日間の休暇が義務付けられており、クラブ側にも3週間のプレシーズン期間を設ける必要があります。そのため、W杯で準決勝以降まで勝ち進んだ選手を多く抱えるクラブは、8月中旬に予定されている開幕戦に間に合わない事態が発生します。

テバス会長は具体的に影響を受けるクラブとして、バルセロナ、レアル・マドリード、アトレティコ・マドリード、そしてスペイン代表に多数の選手を送り出しているアスレティック・ビルバオの名前を挙げました。これにより、アスレティックとバルセロナが激突する予定の開幕戦は、8月後半の平日に延期される見込みが強まっています。なお、対戦相手のバルセロナでは、負傷離脱していたフェルミン・ロペスがこの延期された開幕戦での復帰を目指して調整を進めているとのことです。 (via SPORT)

【本日の総括】

カルメロ・セドルン氏の訃報という悲しいニュースがもたらされる中、アスレティックはエディン・テルジッチ新監督のもとで力強く新たなシーズンへと歩み始めました。ニコのプロ意識の向上やハインケス氏のお墨付きを得た新指揮官の指導力に期待が高まる一方、退団候補の絞り込みやW杯による開幕戦延期の可能性など、ピッチ外でも慌ただしい動きが続いています。