【歴史秘話

半世紀前となる52年前の1974年、レアル・マドリードが西ドイツ代表としてW杯を制した直後のパウル・ブライトナーを獲得した際の知られざる歴史的エピソードが明かされました。

当時のブライトナーは「アビシニオ(エチオピア人)」の愛称で親しまれ、アフロヘアーのような独特のスタイルと共に、毛沢東やチェ・ゲバラの肖像画の前でポーズをとりマルクス主義や毛沢東主義(マオイズム)を公言する異色の22歳でした。フランコ独裁政権の末期にあった当時のスペインにおいて、この補強にはクラブ幹部から『あんな共産主義者やマオイストを獲得するつもりか!』と猛烈な反対運動が巻き起こりました。

しかし、ミミルャニッチ監督から中盤の核としての獲得を強く要請された伝説の会長サンティアゴ・ベルナベウは『彼が共産主義者だろうがサイドバックだろうが私には全く関係ない!』と言い放ち、周囲の反対を押し切って契約を強行しました。

ブライトナーはマドリードでの3年間で100試合に出場して10ゴールを挙げ、1974/75、1975/76シーズンのリーグ2連覇に大貢献しました。ピッチ外でもストライキ中だったクライスラー自動車工場の労働者たちのために5万ペセタの小切手と全選手のサイン入りボールを寄付して支援するなど、異端のフットボーラーとしてクラブ史に強烈な足跡を残しました。 (via SPORT)

【本日の総括】

ラシン戦での完勝劇の裏で判定を巡る物議や審判委員会の検証審査が続く中、モウリーニョ監督のもとでチームは着実に戦術的完成度を高めています。ヴィニシウス不在時の強さが波紋を呼ぶ一方で、過去のC・ロナウド放校劇やブライトナー獲得の歴史が示す通り、レアル・マドリードというクラブの冷徹で確固たる哲学が改めて浮かび上がる1日となりました。