イダイラ・プリエト、伝説の父「タカ」から36年後に同じ4位入賞の快挙
🏃♂️ 1980年代から90年代初頭にかけて、小柄な体躯でありながら自分より頭二つ分も背の高いアフリカの強豪ランナーたちにクロスカントリーで真っ向から挑み、世界ハーフでも2度4位に輝くなどスペイン陸上界を代表する伝説となった「タカ」ことアントニオ・プリエト。その偉大な父親の血を引くセゴビア出身の28歳、イダイラ・プリエトが、イギリス・バーミンガムで開催された陸上欧州選手権の女子10000mにおいて、見事な激走を見せて4位に入賞しました。これは奇しくも、彼女の父親が1990年のスプリト欧州選手権の同種目で惜しくもメダルを逃し、4位となったのと同じ順位であり、36年の時を経て親子が全く同じ偉大な軌跡を描くことになりました。
イダイラは本業の理学療法士としても非常に有名で、2024年12月の欧州クロスカントリーで念願のスペイン代表デビューを果たしたばかりの遅咲きのアスリートです。彼女はオランダでのアペルドールン室内選手権2025を前に、自身のキャリアについて以下のように明かしていました。
『私は陸上競技をとてもゆっくり、焦らずに始めた。本当に本気で、100パーセントの力で取り組み始めたのはここ数年のことだ。だから、私の筋肉の年齢は実際の年齢ほど衰えておらず、自分ではもっと若いと感じている。父からも、常に落ち着いて、一歩一歩焦らずに進むようにと言われ続けている』
今回のバーミンガムでのレースにおいて、イダイラは5000mで9位という素晴らしい結果を残した直後でありながら、自らの中に十分な余力が残されていることを確信していました。レース後半、実力派の5人が残り3kmの時点で前方にスパートをかけた局面でも、彼女は決して冷静さを失いませんでした。自ら追う第2集団を引っ張り、前方に落ちてきた先行ランナー2人を次々と捉えると、最後の200mで驚異的なラストスプリントを敢行。並み居る強豪たちを次々と抜き去り、31分59秒84という自己ベストで見事に4位のフィニッシュラインを駆け抜けました。
レース後、イダイラは歓喜の表情でテレビ局の取材に答えました。
『まさかこんなに素晴らしい結果が出るとは思ってもみなかった。スタート前は、自分の体調が本当に100パーセントなのか自分自身でもよく分からなかった。しかし、レース自体は私にとって完璧な形で展開してくれた。誰も集団の先頭に立って引っ張りたがらなかったので、私たちは前に出られるチャンスだと判断した。最後の200メートルで信じられないほど強くスパートをかけたが、最後の直線に備えて少しだけ体力を温存しておいた。そこで自分の持てるすべての力を出し切った。今回の欧州選手権で手にした4位というチョコレートメダルは、私にとってこの上なく甘く、最高の味がする』 (via SPORT / MARCA)
バレンシアCFのペペル、新システムへの適応とファンへ送った決意のメッセージ
🦇 昨シーズンの中盤戦、ギド・ロドリゲスの加入によって一時はファーストチームでの出場機会を失い、苦しい現実に直面していたミッドフィールダーのペペルですが、今夏のプレシーズンに導入された3バック(3 centrales)システムへの移行に伴い、彼の立ち位置は劇的な変化を遂げました。
ディエゴ・コルベラン監督が推進する新フォーメーションにおいて、ペペルは3バックの中央(ディフェンスラインの底)に配属され、その卓越した戦術眼、高いポジショニング能力、そして守備的MFならではの極めて正確なビルドアップのパスセンスを発揮。最終ラインからスムーズに攻撃を組み立てるタクト役として、チームにとって完全に替えの利かない大黒柱としての新境地を開拓しました。
プレシーズン最終戦となるヘルクレスとの親善試合を終えた直後、ペペルは自身のSNSを更新し、間近に迫る新シーズンに向けてサポーターたちに熱いメッセージを発信しました。
『私たちの準備期間はすべて終了した。そしてこれからは、皆さんに喜びを届けるために、私たち選手自身が最も大きな、そして絶対的な責任を背負っていることを強く自覚しながら、大きな野心を持って新しいシーズンをスタートする。チーム、そしてサポーターである皆さんが、より一丸となって近くで団結すればするほど、私たちが目指す目標を達成することはさらに容易になると確信している』
クラブの公式会見やフロントからは依然として具体的な順位目標は発表されていませんが、このペペルの力強い発言に象徴されるように、ロッカールーム内では数年ぶりに「ヨーロッパリーグ、そしてチャンピオンズリーグの出場権獲得」という具体的な夢が現実的な目標として語られ始めています。 (via SPORT)
プリチャード・コロンが33歳で逝去、10年以上の闘病とボクシング界への偉大な遺産
🥊 2015年10月17日、アメリカ・バージニア州フェアファックスで行われたタレル・ウィリアムズとの一戦において、16勝0敗12KOという無敗の輝かしい戦績を提げてリングに上がったプエルトリコの若きスターボクサー、プリチャード・コロン。しかしこの試合中、相手のウィリアムズから後頭部への極めて危険で違法な打撃(ラビットパンチ / rabbit punches)を何度も執拗に受け続けた結果、コロンは試合後に激しい嘔吐を催して倒れ、昏睡状態に陥りました。診断は硬膜下血腫による脳への回復不能な致命的損傷という、あまりにも凄惨な現実でした。
それから10年以上の長きにわたり、コロンは車椅子での生活を余儀なくされ、言葉を失い、自らの意思を身体で表現することすら困難な状況にありました。彼の母親であるニエベス・メレンデスは、自宅において24時間付きっきりで息子の排泄、食事、そしてリハビリのすべてを献身的に介護し続け、わずかな改善の兆候を求めて家族一丸となって戦い続けてきました。
しかし、8月14日の朝、そのあまりにも過酷な闘病生活に終止符が打たれました。彼の父親であるリチャード・コロンが、自身のFacebookアカウントにおいて、プリチャードが33歳の若さでこの世を去ったことを告げる悲痛な投稿を行いました。
『おはよう、みなさん。私の愛する息子プリチャードが、この現世の身体から旅立ったことをここにお伝えせざるを得ず、本当に胸が張り裂ける思いです。今、彼はここよりもはるかに素晴らしい、苦痛のない世界へと旅立ちました。息子が心から強く望んでいた、故郷プエルトリコへバカンスに連れて行くという彼の夢、そして願いを叶えるために、私は父親としてできる限りのすべての努力を尽くしました。これまでの長きにわたる、世界中からの温かい愛と祈りに心から感謝します。どうかこれからの私たちのために、引き続きお祈りをお願いいたします』
コロンのこの悲劇的な事故は、当時のボクシング界に計り知れない衝撃を与え、安全対策の根本的な見直しを促しました。事故からわずか1年後、世界ボクシング評議会(WBC)は、後頭部への打撃を厳密に取り締まり、警告なしで減点や即時失格を科すことができる「プリチャード・コロン・ルール」を正式に設立。さらに2021年6月には、彼が少年時代から夢に描き続けていたグリーンとゴールドの「WBC名誉世界チャンピオンベルト」が贈呈され、コロンの枕元にその輝かしい栄誉が添えられていました。 (via Mundo Deportivo)
陸上選手ヘスス・ダビド・デルガドとイネス・ロペス、欧州選手権で見せた明暗とこれからの覚悟
🏃♂️ 陸上欧州選手権のトラックとフィールドにおいて、スペイン代表の2人の若きアスリートが、それぞれ対照的な試練と挑戦に直面しました。
男子400mハードル決勝に進出したカナリア諸島出身のヘスス・ダビド・デルガド(通称エル・フラコ)は、絶対的な王者カーステン・ワーホルムが46秒63という驚異的な大会新記録で圧勝した異次元のレースにおいて、48秒66を記録して6位でフィニッシュしました。レース後、彼は自身の走りを冷静に振り返りながら、悔しさをにじませました。
『今日の競技場は非常に風が強く吹いており、自分が事前に計画していたハードル間の歩幅のrhythm(歩数管理)が正しかったかどうかは、今でも分からない。自分の限界に挑戦するために、スタートから積極的にリスクを負って走ろうとしたが、結果としてすべてが自分の思い描いていた通りにスムーズに進んだわけではなかった。今回の結果には、少し悔しさが残っている』
一方で、女子円盤投げ決勝に臨んだマドリード出身のイネス・ロペスにとっては、ほろ苦い挫折の夜となりました。彼女は決勝の舞台において、3回の試技で50.11m、53.13m、56.59mという低調な記録にとどまり、12人中12位の最下位で大会を終えました。ロペスは2日前に行われた予選において、自己ベストに迫る61.45mの極めて素晴らしいスローを見せて決勝へと進出していただけに、本来の実力を発揮しきれなかったショックは隠せませんでした。
ロペスは、北京五輪のファイナリストである名指導者フランク・カサニャス氏のもとで育ち、2023年からはアメリカのアリゾナ州立大学を拠点にトレーニングを積んでいる、2025年欧州U23選手権のメダリストです。予選通過時には『2回目の投擲は感触が良かったが、自分にはまだもっと遠くへ飛ばせる実力が確実にある』と、自信に満ちた言葉を残していた彼女。今回の決勝での手痛い教訓を胸に、世界のトップへ這い上がるための更なる厳しいトレーニングへと戻っていきます。 (via MARCA)
クリスティアーノ・ロナウドが語る極貧時代と、週7日夜間清鎖で自身を支え続けた母親への深い感謝
🇵🇹 41歳を迎え、今なお世界最高峰のアスリートとしてピッチに君臨し続けるクリスティアーノ・ロナウドが、「The Players' Tribune」に宛てた非常に率直な手記の中で、マデイラ島での極貧に喘いだ少年時代と、現在の自分の成功のすべてを創り上げてくれた母親ドロレス・アヴェイロへの、言葉では表しきれないほどの深い感謝を告白しました。
ロナウドは4人兄弟の末っ子として生まれ、お金が全くない環境で育ちました。
『私たちが当時、十分なお金を持っていなかったというのは紛れもない事実だ。当時のマデイラ島での日々の暮らしは、本当に過酷で簡単なものではなかった。私は、自分の兄が使い古した古いスパイクや、従兄弟から借りて履いていたスパイクを交互に使いながら毎日ストリートでボールを追いかけていた。しかし、まだ純粋な子供の時分というのは、自分の家にお金がないことなど大して気にならないものだ』
しかし、子供たちがフットボールの夢を追いかける裏で、母親のドロレスは文字通り命を削るような自己犠牲を払っていました。
『私の母は、私をプロのフットボーラーにするために、自分の人生のすべてを犠牲にして私を育ててくれた。毎日の食べ物がどうしても足りない時、母は夜、子供たちのお腹を満たすために、自分は夕食を一切摂らずに空腹のままベッドに入った。私たちには何のためのお金もなかった。母は週に7日、朝から晩まで働き、さらに夜には清掃員として他人の家を綺麗にする仕事をこなしていた。そうして懸命に貯めた僅かなお金で、私がプレーを続けるための、人生で最初の本物のスパイクを買い与えてくれたのだ。私がこれまでに築き上げてきたすべてのキャリア、すべてのタイトル、そしてすべての成功は、私の母のためにあり、すべて彼女に捧げられている』
ロナウドの父親であるホセ・ディニス・アヴェイロ(CF Andorinhaの用具係を務め、ロナウドに最初の入団を勧めてくれた人物)は、重度のアルコール依存症の末、ロナウドが20歳の時に他界しました。その後、わずか12歳で Sporting CP の育成組織に入るため、マデイラ島を離れてリスボンへと一人旅立った日の寂しさを、ロナウドはこう振り返っています。
『当時の私は、一人で生きていくための精神的な準備など全く整っていなかった。私のこれまでの人生の中で、最も寂しく、最も困難を極めた時期だった。家族は経済的な理由から、4ヶ月に1回ほどしか私に会いにリスボンへ来ることができなかった。毎日、家族を思い出しては涙を流し、胸が引き裂かれるような痛みを伴う孤独な日々が続いていた』 (via SPORT)
アトレティコの若き才能アルナウ・オルティス、ファーストチーム残留を熱望するファンの叫び
🦁 プレシーズン最終テストマッチとなったオリンピック・マルセイユとの一戦において、試合終盤にピッチに解き放たれ、圧倒的なスピードと切れ味鋭いドリブルで右サイドを完全に切り裂き、カルロス・マルティンの劇的な決勝ゴールをアシストした24歳のアタッカー、アルナウ・オルティス。
昨シーズン、3部(Primera RFEF)に所属するアトレティコのBチーム(Atletico Madrileño)において、公式戦23ゴールを叩き出してチームを牽引したこの快速ウイングのパフォーマンスに対し、アトレティコの目の肥えたサポーターたちは大興奮。試合終了直後から、彼のファーストチーム残留を求める熱狂的なメッセージがSNS上を埋め尽くしました。
集まったサポーターたちの声は非常に明確です。
『アルナウ・オルティスは、シメオネのシステムにおいて今すぐファーストチームの主力として稼働すべきだ。もし、この夏に彼を別のクラブへレンタル、あるいは売却してしまうようなことがあれば、それはクラブのスポーツディレクション部門にとって文字通りの大惨事(calamidad)であり、許しがたいミスとなるだろう。ピッチの上でのパフォーマンスこそがすべてを語っている』
シメオネ監督も、オルティスがプレシーズンを通じて見せている驚異的なインテンシティと戦術理解力の高さを非常に真剣に評価しており、24歳という年齢から今季はBチームでの登録が不可能な彼を、ファーストチームの最終登録枠(25名枠)に残すかどうかの重大な決断を、開幕戦までに下す予定です。 (via ElDesmarque)
ラミネ・ヤマルが主催した、100名超の豪華ゲストが集うピンク一色の誕生日パーティー
🎉 バルセロナの至宝ラミネ・ヤマルは、W杯の激闘と優勝の余韻、そしてその後のバカンスのために開催が大幅に遅れていた19歳の誕生日(7月13日)を祝う超豪華なプライベートパーティー「Pink Party」を、8月12日の夜に盛大に開催しました。
パーティーの舞台となったのは、バルセロナからわずか15kmほど離れたヴィラノバ・デル・バリェスに位置する、12世紀に建てられた歴史ある広大な大邸宅「Finca Mas de Sant Lleí」。40ヘクタールもの極めて広大な敷地の中に、美しい庭園やプライベートレイク、さらには自家用ヘリコプターが離着陸できる専用ヘリポートまで完備された、まさにセレブリティのための神聖な隠れ家です。
ドレスコードは「ピンク」に統一され、スタジアムや大邸宅の装飾、ライティング、そして集まったゲストたちのファッションも鮮やかなピンクで統一されました。ヤマル自身もスタイリッシュなピンクの特注衣装を身にまとって登場。
この特別な夜において最も大きな注目を集めたのが、ヤマルの恋人であり、セビリア出身の人気インフルエンサーであるイネス・ガルシア(Inés García)さんとのツーショットでした。イネスさんは非常に美しいピンクのドレスを身にまとってヤマルの隣に寄り添い、最近SNS上で悪意を持って拡散されていた、合成画像やフェイクニュースに基づく「二人の破局説」を完全に一瞬で一掃する、アツい抱擁と仲の良さをゲストの前で披露しました。
会場には、バルセロナの同僚であるGavi, Kounde, Eric Garcia, Raphinha, Balde, Frenkie de Jong, Pau Cubarsí, Fermínといった主力メンバーが勢揃い。さらに、マイク・タワーズ、ライアン・カストロ、モラド、バッド・ギャル、グループ・フロンテラといった世界的なトップアーティストたちがステージ上で生ライブを披露。ヤマルやバルサの同僚たちが、アーティストたちと一緒にピッチを離れてステージ上で激しくダンスを踊り、笑顔を弾けさせているプライベート映像が公開され、ファンたちの間で大きな話題を呼んでいます。 (via SPORT / Mundo Deportivo / MARCA)
アーティストのマル・ルーカス、ガリシアのフェスで観客から氷を投げつけられたいじめ被害を告発
🎤 ガリシアで開催された音楽フェスティバル「Costa Feira」に出演した人気女性アーティストのマル・ルーカスが、自身のステージの最中に、観客席の最前列に陣取った心ない一部の集団から、執拗にヤジを浴びせられ、さらには身体に向けて本物の「氷(hielos)」を投げつけられるという、極めて卑劣な嫌がらせ被害に遭遇したことをSNS上で公式に告発しました。
マル・ルーカスは、本番の極限の集中状態にあったため、パフォーマンス中はその投げられた氷が自分に当たっていることに直接気がついていませんでしたが、終演後に楽屋に戻った際、不安そうな表情を浮かべた彼女のマネジメントスタッフから事の全貌を教えられ、大きな衝撃を受けました。
さらに彼女の怒りを爆発させたのは、この嫌がらせ集団が、開演の3時間前から最前列で彼女を心待ちにしていた若い男性ファンに対しても、執拗に肩を小突き、耳元で非常に卑劣な同性愛差別的(homófobo)な侮辱言葉を投げかけ続けていたという事実を知ったことでした。
マル・ルーカスは公式動画を通じて、震える声でその憤りを表明しました。
『他にも楽しそうな遊びややるべき場所がこの広い街の中に無限にあるはずなのに、なぜわざわざお金を払って私のステージにやってきて、最初から最後までその場に居座り、ただ単に人を不愉快にさせ、アーティストに嫌がらせをするためだけにそのような卑劣な行動をとるのか、私の常識的な理解を遥かに超えている。これは、紛れもないBullying(いじめ)そのものだ。私たちが公の場に出る有名人であるからといって、他人が私たちの尊厳を傷つけ、どのような無礼な振る舞いをしても許されるなどというロジックは、絶対に通用しない』
と語り、ファンを守るため、そして表現者としての尊厳を守るために、毅然とした態度で抗議を行いました。 (via MARCA)
バルサのペドリが告白、プロの初任給で父親に車をプレゼントした思い出と家族の教え
🇪🇸 23歳を迎え、バルサ、そしてスペイン代表の中盤の絶対的なタクト役としてキャリアの全盛期を築きつつあるペドリが、テレビ・カナリアの特別インタビューに応じ、自身のフットボールのルーツと、現在の自分を形作った家族との非常に心温まる絆を語りました。
ペドリにとって、フットボールの情熱を最初に教えてくれたのは父親でした。
『私が物心ついた最初の瞬間から、私の足元には常にボールが転がっていた。まだ4歳か5歳の頃、私は毎日、学校が終わるとランドセルを投げ出して兄と一緒にグラウンドに向かい、いつも父が隣に立って一緒にプレーしてくれた。あのピッチでの思い出こそが、私のすべての始まりだ』
しかし、両親はペドリの並外れた才能を誇りに思いつつも、プロフェッショナルになるための絶対的な「ハードワーク」の重要性を、幼い彼に厳しく叩き込み続けました。
『両親は私に対し、常にこう言い続けてくれた。お前には確かに素晴らしいフットボールのセンスや才能がある。しかし、もし日々の練習において誰よりも過酷に努力(trabajo)することを怠れば、プロのフットボーラーになるなどという夢は、逆立ちしても絶対に叶わない。もし努力することをやめてしまえば、その瞬間にフットボーラーとしての人生は完全に終わりだ、と。その厳しい言葉があったからこそ、私はどんなに良いプレーができても、決して天狗にならずに走り続けることができた』
バルセロナから最初の正式なアプローチが届いたその運命の日、ペドリの父親は息子を前にして、笑顔を浮かべながら
『いくつかの非常に興味深い偉大なクラブがお前に強い興味を示している。しかし、私がこれからその中の「一つ」の名前を口にした瞬間、お前はきっと、他のチームの名前など耳に入らなくなるだろう』
と告げました。その「一つ」の名前がバルサであると聞いた瞬間、ペドリは代理人たちが持ってきた他の好条件のオファーをすべて拒否し、『バルサにしか行かない』と、心の中で即決しました。
そして、プロとして得た最初の大きな給料の使い方について、ペドリは感動的なエピソードを明かしました。
『プロとしてたくさんのお金を得られるようになって、私が何よりも最優先に考えたのは、長年にわたって自分を信じて支え続けてくれた両親に、早く仕事を辞めてもらい、これからは何の心配もなく穏やかで幸せな人生を楽しんでもらうことだった。自分がしてもらったすべての恩返しをすることは、人生で最も美しい。私はバルサから最初のまとまった給料が口座に振り込まれたその日、故郷テネリフェの父親のために、当時彼がどうしても必要としていた新しい本物の車を買いに行って、プレゼントしたんだ』 (via SPORT)
ラージョ・バジェカーノ、スタジアム閉鎖と会長の最悪な管理体制に怒るファンのボイコット宣言
⚡️ ラージョ・バジェカーノを取り巻く環境は、新シーズンの開幕を目前にして、完全に制御不能なカオス状態に陥っています。
マドリード州政府による独立監査の結果、本拠地エスタディオ・デ・バジェカスにおいて、構造的な安全性、サニテーション(衛生環境)、そして設備保全における極めて深刻な欠陥が複数検出されました。これを受け、州政府は安全確保のためにスタジアムの興行ライセンスを一時的に剥奪し、スタジアムを完全閉鎖する命令を下しました。工事期間は最低でも2ヶ月、最大で6ヶ月に及ぶとされています。
この事態に対し、プレサ会長が『スタジアムの Vallecas からの移転も視野に入れるべきだ。開幕からのホームゲームはレガネスのButarqueを代替会場として手配した』と発表したため、サポーター連合および Plataforma ADRV の怒りが爆発。ファンたちは激しいボイコット声明を発表しました。
サポーターを代表するJuanan氏と、7年間年間シート(abono)を保持しているMiriamさんは、クラブの杜撰極まりない経営を以下のように痛烈に告発しました。
『スタジアムのないラージョなど、そこには何の魂も、街のアイデンティティも存在しない。プレサは、1949年から受け継がれてきた伝統の白地に赤のタスキ(Franja)のデザインを私たちの承諾なしに勝手に変更し、カンテラ(下部組織)や女子チーム、練習場を完全に放置して崩壊させ、クラブの歴史のすべてを台無しにしている。彼はサポーターの声を一切無視し、ただ自分が気に入らないファンをスタジアムから追い出すことしか考えていない。本当にネファスト(最悪)な経営者だ。プレサは今すぐ荷物をまとめて出ていけ』
さらにMiriamさんは、 Butarque での代替試合の発表が試合のわずか2日前まで一切非公開の「ミステリー」のようであったことへの怒りを込めて、辛辣な皮肉を浴びせました。
『 Butarque での代替開催について、公式にはギリギリの2日前まで何の発表もなくミステリーのようだった。クラブから届く連絡と言えば、彼の母親の葬儀に届いた花輪の案内くらいのものだ。彼が自分の自宅の管理をするように、このスタジアムの管理をしていたらと思うと、恐ろしくて仕方がない。このスタジアムは本当に古く、汚く、壊れており、下部リーグの近所のクラブの方がはるかに手入れが行き届いている。私たちは、年間380ユーロもの大金を、 humble な労働者階級の家庭から捻出してこのシートを買っているのだ。もし Vallecas 以外の場所でホームゲームを戦うのであれば、私たちはButarqueへは一切行かない。チケット代の全額返金を法的に徹底して求める』 (via Estadio Deportivo)
アトレティコのマルセイユ遠征、ファンを沸かせた新戦力たちの絶大な人気とアルバレスの不在
🦁 プレシーズン最終戦に向けてマドリードの空港から出発したアトレティコの選手たちですが、その出発ロビーにおいては、光と影の入り混じる非常に興味深い光景が見られました。
この夏、バルサやアーセナル、そしてマドリードへの電撃移籍の噂で激しくメディアを賑わせ、ディエゴ・シメオネ監督やCEOのギル・マリンとの間で「謝罪会見の拒否」などの緊迫した状況が続いているアルゼンチン代表FWフリアン・アルバレスは、今回のマルセイユ遠征の招集メンバーから完全に外され、空港にその姿を見せることはありませんでした。
しかし、その不在の重苦しさを吹き飛ばすように、今夏新たに加入した韓国代表MFイ・ガンイン(Kang-in Lee)や、スペイン代表左SBアレハンドロ・グリマルド、そしてアシスタントコーチとして愛する古巣のベンチに戻ってきたレジェンドであり元主将のガビ(Gabi)、そして指揮官シメオネがロビーに姿を現した瞬間、集まった大勢のアトレティコサポーターたちから、割れんばかりの熱狂的な歓迎のチャントとシャウトが沸き起こりました。ファンは、不確実なアルバレスの去就にやきもきするよりも、すでにアトレティコのために戦う準備を整えている新たなヒーローたちに、最大級の愛とコミットメントを示すことを選択しました。 (via ElDesmarque)
ヘタフェのホセ・ボルダラス監督、新ルールを「アンチ・ヘタフェ」と評され思わず爆笑
🔵 ラ・リーガの開幕を控えたヘタフェCFの公式プレシーズン記者会見において、常に厳格で、ピッチ上でも記者会見場でも一切の笑顔を見せないことで知られるホセ・ボルダラス監督の表情が、一瞬にして崩れるという非常に珍しい面白エピソードが発生しました。
新シーズンから新たにラ・リーガで導入される、ピッチ上で主審に対して執拗な異議申し立てを行うことができる権利を「チームのキャプテン(ブラサレテ)のみ」に厳格に制限し、それ以外の選手が抗議した場合には即座にイエローカードを科すという新しい審判規則プロトコルについて、会見に出席していたあるジャーナリストが質問を行いました。
その記者が、
『今回の主審への抗議制限をはじめとする複数の新規律規則は、ピッチ上で高いインテンシティを持ってレフェリーと激しく対話するヘタフェのプレースタイルをピンポイントで取り締まるための、実質的な「アンチ・ヘタフェ新ルール(normas anti-Getafe)」ではないでしょうか?』
と、あまりにもストレートでユーモラスな表現を用いて質問を投げかけた瞬間、ボルダラス監督は厳しい表情を保とうとしたものの耐えきれず、顔を覆いながら思わず爆笑してしまいました。この監督の非常に親しみやすく人間味溢れるリアクションの映像は、ヘタフェファンの間でも瞬く間に広く拡散され、親しまれています。 (via MARCA)
ルカス・エルナンデスの結婚式、PSGのハキミがDJを、デンベレがマイクを持って会場をジャック
🇨🇵 PSGに所属するフランス代表ディフェンダー、ルカス・エルナンデスの豪華な結婚式が盛大に執り行われましたが、その結婚披露宴のパーティーにおいては、チームメイトであるアクラフ・ハキミ(Achraf Hakimi)とウスマヌ・デンベレ(Ousmane Dembélé)の2人が、主役である新郎を完全に食ってしまうほどの大暴れを見せ、会場を熱狂の渦に巻き込みました。
パーティーが中盤に差し掛かった頃、テンションの上がったモロッコ代表SBのハキミは、用意されていたプロのDJブースへと突如乱入。自らターンテーブルとイコライザーのつまみを握り、完璧なリズムと選曲で会場の音響システムを完全に掌握(ジャック)しました。
さらにそのハキミがドロップした爆音のビートに合わせるように、元バルサの快速ウイング、デンベレがステージ上のワイヤレスマイクを強奪。マイクを口元にぴったりと当てながら、ステップを激しく踏み、大声で歌い狂いながら集まった大勢のゲストたちを煽り立てました。新郎であるルカス・エルナンデスの特別な祝福の日を、まるでパリの超一流クラブのディスコイベントさながらの凄まじい熱狂空間に変え、そのコミカルな一部始終の動画がメディアで話題を呼んでいます。 (via MARCA)
レアル・マドリードの新しい規律規則、ソシオの私生活やSNSを監視・処罰する検閲条項への猛反発
⚪️ レアル・マドリードが7月末に発表した、ソシオおよび年間シート保持者を対象とした新しい規律規則「 Reglamento de Disciplina Social 」を巡り、マドリードの支持者たちの間で、基本的人権の侵害であるとする極めて激しい法的・社会的抗議活動が勃発しています。
チケットの不正転売を「極めて重大な違反」として永久資格剥奪にする厳罰化についてはファンも支持していますが、問題は、規則の中に盛り込まれた、個人の私生活やSNS(X、Instagramなど)での発言をクラブ側が監視し、処罰することができる以下の2つの不条理な条項にあります。
・第9条第7項
クラブの代表者、役員、選手、スタッフなどに対し、ピッチ内外でリスペクトを欠いたジェスチャーや発言、侮辱を行うことを重大な違反(1〜2年の資格停止・入場禁止)とする。
・第10条第18項
個人のSNSを含むすべての社会的発言、個人的な記述において、クラブや代表者、役員の尊厳(dignidad)や良好なイメージ(buena imagen)を少しでも傷つけ、あるいは間接的にでもクラブに不利益をもたらす発言を行うことを、極めて重大な違反(2〜3年の資格停止、あるいは永久的なソシオ資格の剥奪)とする。
この内容に対し、高名な法曹関係者である弁護士のセサール・ロメロ・デ・ラ・オサ(César Romero de la Osa)氏は、自身のSNSを通じて以下のようにクラブの独裁的姿勢を厳しく非難しました。
『これは、民主主義社会における最も神聖な基本的人権である「言論の自由(libertad de expresión)」に対する私的な検閲そのものである。もしファンが法を破る侮辱を行ったとクラブが主張するなら、それは法に基づいて警察に届け出、裁判所の前で白黒をつけるべきだ。クラブが自ら「私的な審問官」となってSNSや個人の私生活の発言を監視し、ソシオからスタジアムへ行く権利を奪うなど、おぞましい口封じ効果(efecto mordaza)を狙った暴挙だ。私はマドリードのソシオではないから自由に発信できるが、もしソシオであればこの投稿をした瞬間に愛するチームを観る権利を奪われていたただろう』
この「検閲規約」に対し、約50名のマドリードのソシオが連名で、抗議と意見聴取を求める正式な嘆願書を作成し、クラブオフィスに直接持参したものの、フロント側はこの書面の受け取りを完全に拒否。そのため、ソシオ側はブーファックス(Burofax)を通じて抗議文書を強制送付し、もし期日までに役員会からの誠実な対話の席が用意されない場合には、フロレンティーノ・ペレス会長および理事会に対し、憲法違反および権利侵害を理由とした法的な告訴(デマンド)を行うことを公式に表明しました。 (via Mundo Deportivo)
アル・ナスル指揮官ポステコグルー、結婚式から復帰したクリスティアーノ・ロナウドをピッチ上で祝福
🇸🇦 クリスティアーノ・ロナウドが、自身の結婚式に伴う特別な短い休暇を終え、サウジアラビアのアル・ナスルのトレーニングキャンプへと合流した初日。ピッチ上で選手たちを集めて行われた最初のチームトークにおいて、非常に心温まる特別な演出が用意されていました。
アル・ナスルを率いるオーストラリア人指揮官のアンジェ・ポステコグルー(Ange Postecoglou)監督は、練習開始前の緊迫した空気の中で選手たちをピッチの中央に集めると、その最初の挨拶の場面において、わざわざロナウドを隣に呼び寄せ、彼の最近の結婚、そして彼を支え続ける素晴らしい家族に向けて、極めて温かいお祝いと言葉のスピーチを直接プレゼントしました。
この指揮官の粋で心温まるサプライズメッセージに対し、周囲を取り囲んでいたチームメイトやスタッフ全員から、ロナウドに向けて大きな笑みと、割れんばかりの温かい祝福の拍手が送られました。ロナウドも非常に嬉しそうな表情を浮かべ、チームの強い結束を感じさせる素晴らしいプレシーズンの再スタートとなりました。 (via MARCA)
横断歩道で道を譲ってくれた車にお礼の手を挙げる、無意識の日常行動に隠された心理学的法則
🚶♂️ 私たちが毎日街を歩く中で、信号のない横断歩道( paso de peatones )において、通りかかった車がブレーキを踏んで一時停止し、道を譲ってくれた際に、小走りで渡りながら「手をスッと挙げてお礼をする」という、ごくありふれた日常の何気ない習慣。
この、法律上は「歩行者が優先であり、車が停止するのは義務」であるはずの局面において、なぜ多くの人々が無意識のうちにお礼のジェスチャーを行うのかについて、心理学の専門分野が非常に興味深い行動分析を行いました。
著名な社会心理学研究『Influence: Science and Practice(影響力の武器:なぜ人は動かされるのか)』や、非verbalコミュニケーションに関する学術レビュー誌『Annual Reviews』に掲載された研究報告によると、この行動は単なる「親の教育によるお行儀の良さ」によるものではなく、人間が本能的に脳に組み込んでいる「返礼性の心理(Reciprocidad)」の強力なメカニズムによるものであることが立証されました。
人間は、他人から何かしらのポジティブな行動(時間を譲る、スペースを空けるなど)を受けた際、たとえその相手が車の中の全く見ず知らずのドライバーであり、その後の生涯において二度と出会うことがない存在であったとしても、その親切に対して「何らかの対価(お返し)を返さなければ、心の中に不快な不確実性や義務感が残る」という非常に強い心理的衝動を抱きます。
手を挙げる、軽く会釈をする、笑顔を見せるというほんの数秒のジェスチャーを行うことで、脳は『親切に対してお返しをした』と認識し、お互いの間に一瞬のポジティブな社会的関係性を構築して安心感を得ます。これと同様の、無意識のうちに実行されている社会的お返しのルールには、お店に入る際に挨拶をする、並んでいる列の順番を守る、エレベーターで出る人を先に譲る、出会った時に握手やハグを交わすといった行動があり、いずれも社会の円滑なつながりを無意識のうちに維持するために、私たちの行動を支配しています。 (via Mundo Deportivo)
デポルティーボ・ラ・コルーニャ、スタジアムの過剰検閲に抗議する「オレンジ色のシャツ」計画の全貌
🔵 開幕戦となるエルチェとの一戦(8月17日、ABANCA-Riazor)を前に、デポルティーボ・ラ・コルーニャのファン連合(Federación de Peñas Deportivistas)と、熱狂的なウルトラスグループ「Riazor Blues」が、クラブのフロントがスタジアム内で推進している過剰な監視管理体制に対する、極めて大規模な「ビジュアルボイコット抗議活動」の開催を公式に発表しました。
対立の背景にあるのは、ウルトラスや熱心な支持者が集まるスタジアムの「マラソン・インフェリオール(Marathon Inferior)」地区における、今夏から導入された選手登録、年間シートの購入資格審査、およびスタジアム内での行動制限(過剰なセキュリティチェック、持ち込み規制、監視カメラの増設など)の厳格化です。
サポーター団体は、このクラブの対応を強く批判する公式声明を発表しました。
『もしクラブが、私たちの神聖なマラソン・インフェリオール地区を、まるで悪名高きグアンタナモ収容所や、最高警戒刑務所(Prisión de Máxima Seguridad)であるかのように扱い、市民としての基本的人権を否定し、過酷な管理監視を強要し、推定無罪の原則を完全に無視するつもりなら、私たちはその不当な支配を全世界に目に見える形で暴露してやる。Riazorのすべてのファンよ、エルチェ戦には、全員がオレンジ色のシャツを身にまとってスタジアムに集まってくれ。スタジアム全体をオレンジ色(囚人服を連想させるカラー)で染め上げ、90分間の視覚的な抗議を実行しよう』
ファン連合は、プレシーズンマッチのレアル・マドリード戦(テレサ・エレーラ杯)において、「スタジアムへの入場ボイコット(スタンドを意図的に空席にする抗議)」を呼びかけました。しかし、12年ぶりにRiazorにメガクラブを迎える興奮から、ウルトラスの陣取るゴール裏を除く一般席のほとんどが満員となってしまい、入場ボイコット活動は事実上失敗に終わっていました。そのため、今回は「満員のスタンドをオレンジ色に変えて、テレビ中継を通じて視覚的に不満を突きつける」という、より強力なビジュアル抗議作戦へと戦術を切り替え、サポーターたちの間で大きなうねりを見せています。 (via ElDesmarque)
デポルのオーバメヤンに対するリュディガーの荒々しいタックル、現地ファンから大ブーイングの嵐
🔵🏆 ABANCA-Riazorで行われた伝統の「テレサ・エレーラ杯」において、レアル・マドリードを相手に0-1で惜敗したデポルティーボ・ラ・コルーニャですが、この一戦の中で、マドリードのドイツ代表DFアントニオ・リュディガーが、今夏デポルに加入した世界的ストライカー、ピエール=エメリク・オーバメヤンに対して見せた、あまりにも荒々しく激しいタックルを巡り、デポルのサポーターから凄まじい怒りと大ブーイングが浴びせられる事態となりました。
問題のシーンにおいて、リュディガーはオーバメヤンがドリブルで抜き去ろうとした局面で、親親善試合(テストマッチ)であるにもかかわらず、全く容赦のない勢いで全身の強靭なパワーをぶつけるようにタックルを敢行。倒されたオーバメヤンはピッチ上で顔を歪め、しばらくの間、苦痛に耐えるように起き上がることができませんでした。
この過激なプレーに対し、Riazorの満員のファンだけでなく、SNS上のサポーターたちからも『プレシーズンマッチにおける度を超した暴挙であり、怪我をさせる気か』と、リュディガー、そしてマドリードの戦闘的なインテンシティを植え付けているジョゼ・モウリーニョ監督に対する厳しい非難の声が殺到しました。
しかし一方で、デポルのサイドバックを務めるXimo Navarro(シモ・ナバロ)は、試合後にチームのパフォーマンスに対して非常にポジティブなコメントを残しています。
『結果としては敗れてしまったが、私たちはこのプレシーズンマッチで、自分たちのフットボールが世界トップクラスを相手にしても十分に通用するという非常に強い自信と感触を掴むことができた。前半、私たちは非常に快適にプレーできており、攻撃陣への流れるようなパスの供給や崩しのシーンもたくさんあった。だからこそ、前半の本当に最後の1分、私たちの素晴らしいコーナーキックのチャンスから、ルニンの驚異的なライフルスローによる速攻カウンターを喰らい、手痛い1対1から決勝ゴールを決められてしまったことだけが悔やまれる。しかし、長い年月を経て、ようやくこの最高峰の1部(Primera División)の舞台で戦えることへのIllusions(興奮・自信)は最高潮に達している。開幕戦に向けて完璧な準備ができた』 (via ElDesmarque)
マラガ対フルハムの親善試合でフルハムがPK戦を拒否してそのまま帰国した前代未聞の珍事
🇪🇸🏴 マラガCFの本拠地ラ・ロサレダで行われた、夏の伝統の親親善テストマッチ「コスタ・デル・ソル杯(Trofeo Costa del Sol)」。マラガCFと、イングランド・プレミアリーグのフルハムとの対戦は、熱戦の末に同点のままタイムアップを迎えました。
スタジアムに集まった大勢のファン、そしてピッチ上のマラガの選手たちは、この伝統あるトロフィーの勝者を決定するために、当然のように「ペナルティキック(PK)戦」がスタートするものと信じて、ペナルティエリアの周りに整列していました。
しかし、その瞬間、信じられないような前代未聞の surreal (シュール)な事件が発生しました。フルハムの監督、選手、そしてスタッフ陣は、PK戦の準備を一切拒否。審判団に背を向け、ピッチから一瞬にしてロッカールームへと引き上げると、そのまま着替えを済ませ、手配されていたチームバスに乗り込んでスタジアムを完全に撤退(強行出発)してしまいました。
後にフルハム側が公表した言い訳は、
『今回の親善試合の契約書(コントラクト)において、引き分け時のPK戦の実施については公式に一切明記(合意)されていなかった。もしここで長々とPK戦を戦い、さらにセレモニーに出席していれば、選手たちがロンドンへ帰るためにチャーターしていた深夜のフライト(飛行機)の出発予定時刻に絶対に間に合わなくなり、全員が帰国できなくなるリスクがあったため、撤退せざるを得なかった』
という、あまりにも一方的で身勝手なものでした。
この置き去りにされた前代未聞の事態に対し、マラガの選手たちは、呆れ半分、そしてユーモアを交えて対応することを決断。誰もいない、敵のいないフルハムの無人のゴールマウスに向けて、マラガの選手が一人、おどけたようにPKを蹴り込み、ゴールネットが揺れた瞬間、スタンドのファンとともに大爆笑しながら、自ら「コスタ・デル・ソル杯の王者」であることをオフィシャルに宣言(自称)し、トロフィーを掲げてピッチを1周するシュールなセレモニーを強行しました。
フルハムの選手として出場していた元マドリード・カンテラのセサール・パラシオス、ゴンサロ、そしてマラガのラモン・エンリケスらは試合後、インタビューに対し、苦笑いを浮かべながら困惑を語りました。
『何が起きているのか、本当に私たちの誰も1ミリも分かっていなかった。一部のスタッフは「PKをやる」と言い、別の人は「バスに乗るぞ」と絶叫しており、私たちはただ普通にPKを蹴りたかっただけなのに、ピッチから連れ戻されてしまった。こんなバカげた、奇妙極まりない体験は、私のフットボール人生の中で初めての出来事だ。まあ、プレシーズンの最後のテストマッチとして、非常に良いトレーニングができたことだけを今は前向きに捉えたい』 (via ElDesmarque)
【本日の総括】
ラ・リーガ各クラブは、新シーズンの公式戦初陣を目前に控え、ピッチの上での調整以上に、サポーターの生活やクラブの尊厳を巡る「オフ・ザ・ピッチ」の激しいドラマに包まれることになりました。
ラミネ・ヤマルの華やかな19歳の誕生日パーティーや、ペドリが初任給で父親に車をプレゼントした温かい家族の思い出、さらにはC・ロナウドが極貧時代を支えた母親への不滅の愛を語るなど、フットボーラーたちの人間味溢れる温かい素顔がファンの心を打っています。
しかし一方で、安全性や衛生面を巡る監査によって聖地バジェカススタジアムが一時閉鎖され、プレサ会長の杜撰な管理に対するサポーター連合の怒りのボイコット宣言が起きたラージョ、さらにはソシエダのプライベートな発言やSNSでの記述までを監視し、重大なペナルティを科す新規律規則の検閲条項に対し、フロレンティーノ・ペレス会長の告訴を辞さない構えを見せるマドリードのソシオたちなど、クラブの支配的な姿勢と、街のコミュニティ、そしてファンの尊厳を守るための毅然とした法廷闘争への動きが交錯し、ピッチ外での緊迫した戦いもまた熱烈に本格化しています。
