レアル・ベティス / ロドリゴ・リケルメの衝撃告白
アトレティコ・マドリードの下部組織出身で、現在はレアル・ベティスでプレーする26歳の攻撃的MFロドリゴ・リケルメが、元選手マリオ・スアレスがホストを務めるポッドキャスト番組『El Camino de マリオ』に出演し、過酷な過去と苦悩を告白した。
世間からは華やかな生活を送っていると思われがちなプロサッカー選手だが、リケルメは精神的なプレッシャーや不信感に長年苛まれてきたことを明かした。特にアトレティコのカンテラ(ユース)時代には、ある指導者から激しい言葉で追い詰められたという。
『アトレティコのカンテラ時代に、本当に辛い思いをさせられた監督がいた。練習中に面と向かって「バカ」と侮辱されたこともある。そこから心のバランスを崩し、スポーツ心理学者に通い始めた』と衝撃の事実を打ち明けた。
サッカーを楽しむ感覚を完全に失ったリケルメは、ついに現役引退を決心。『もうサッカーをやめる。フットボールから離れる』と実の父親に宣言したという。しかし、その決断を下したまさに翌日、彼の携帯電話が鳴った。相手はアトレティコのトップチームを率いるディエゴ・シメオネ監督だった。
ディエゴ・パブロ・シメオネからの電話はトップチームのプレシーズン帯同を伝えるものであり、この一電が絶望の淵にいた彼のキャリアを奇跡的に救い出すこととなった。
ディエゴ・パブロ・シメオネとの関係についてリケルメは『ディエゴ・パブロ・シメオネとは父親と息子のような話し合いをした。ウイングバックでの起用を打診されたが、自分はどこでもプレーする覚悟だった。ゴールキーパーになれと言われても引き受けただろう。彼の最大の強みは毎日の妥協を許さない極限の要求水準だ』と感謝を述べた。
一方で、昨夏のアトレティコ退団については『100%自分自身の決断だった。クラブから押し出されたり追い出されたりしたわけではない。もっと試合に出て中心選手として活躍したかったからだ。ディエゴ・パブロ・シメオネとの間には常に最大の互いのリスペクトが存在していた』と噂を否定した。
さらに、現在指導を受けるマヌエル・ペジェグリーニ監督との出会いについても触れ、『ペジェグリーニ監督との最初の会話が自分のサッカー人生を再び変えてくれた』と語り、ベティスでの再起に向けた強い意志を示した。 (via Estadio Deportivo)
FCバルセロナ / ラミン・ヤマルが語るスパイクの国旗とルーツ
FCバルセロナで爆発的な活躍を続ける19歳のラミン・ヤマルが、ホルヘ・ヴァルダーノ氏のインタビュー番組『Universo Valdano』などで自身のルーツやアイデンティティに対する深い思いを語った。
ラミン・ヤマルはカタルーニャのロカフォンダ育ちだが、父ムニル・ナスラウイ氏はモロッコ出身、母シェイラ・エバナ氏は赤道ギニア出身である。スペイン代表の主力としてピッチに立つ際、ラミン・ヤマルのスパイクにはスペイン国旗とともにモロッコと赤道ギニアの国旗が並んで刻まれている。
その理由についてラミン・ヤマルは『スペイン代表でプレーするとき、両親の母国であるモロッコと赤道ギニアの国旗を身につけている。なぜならそれは両親の国旗であると同時に、僕自身の国旗でもあるからだ。逆に、もし僕がモロッコや赤道ギニアに行くことがあれば、そこではスペインの国旗を誇らしく掲げるだろう』と説明した。
また、幼少期に初めて父親の故郷であるモロッコを訪れた際の出来事を振り返り、『初めてモロッコに行ったときは、周りが何を話しているのかさっぱり分からなかった。当時の僕はスペイン語しか話せなかったからだ。そのとき、新しい環境や文化に適応することがどれほど難しいことなのかを身をもって実感した』と明かした。
同時に『2つの異なる文化の中で育ったことは、一人の人間として社会性や他者への思いやりを育む上で大きな助けになった。新しい料理を食べ、新しい場所を知り、言語に触れる。自分がこのようなバックグラウンドを持って生まれてきたことを心から幸運に感じている』と胸を張った。 (via SPORT)
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