運命の最終戦!1部残留に向けたベティス戦の条件と展望
数ヶ月前には不可能とも思われていた1部(マキシマ・カテゴリア)残留が、ついに目前に迫っている。ルイス・カストロ監督率いるレバンテは、前節マジョルカ戦で勝ち点3を獲得し、勝ち点42の15位につけている。これにより、19位マジョルカに3ポイント、18位ジローナに2ポイントの差をつけ、エルチェ、オサスナと勝ち点で並んだ状態となっている。
運命の最終節は、土曜日の21:00(同時刻キックオフ開催)にアウェイのラ・カルトゥーハでレアル・ベティスと対戦する。すでに目標を達成し消化試合となるベティスに対し、レバンテは残留を確定させるための大一番となる。
残留の条件は明確だ。引き分け以上で勝ち点1でも獲得すれば、他会場の結果に関わらず自力で1部残留が確定する。仮に引き分けてジローナが追いついたとしても、ジローナの対戦相手であるエルチェが勝ち点を積めないため、レバンテが降格圏のボトム3に入ることはない。
万が一ベティスに敗れた場合でも、以下の3つの結果がすべて揃う「4チーム絡みの玉突き事故」が起きない限り、降格することはない。
・オサスナがアウェイでヘタフェを相手に勝ち点を獲得する
・ジローナがエルチェに勝利する
・マジョルカがオビエドに勝てない
これらの条件が全て重なると、レバンテはエルチェと勝ち点42で並ぶが、エデル・サラビア監督率いるエルチェとの直接対決の成績で負け越しているため、無念の降格となってしまう(オサスナにも負け越しているが、ジローナとマジョルカには勝ち越している)。運命の90分から目が離せない。(via Mundo Deportivo / Estadio Deportivo)
ベティスMFフォルナルスがレバンテの終盤戦の戦いぶりを称賛
土曜日の対戦相手であるレアル・ベティスのMFパブロ・フォルナルスが、試合を前にレバンテへのリスペクトの言葉を送っている。
フォルナルスは『土曜日はホームで、ファンたちの前で最高の形でシーズンを締めくくりたい。僕たちはすでにやるべきことを終えているけれど、レバンテは本当にあと少しのところにいるのは確かだ。彼らはシーズン終盤をとても良い形で戦ってきたし、彼らの方が懸かっているものは大きい。この時期になれば、グループとしてであれ個人としてであれ、みんな何かしら懸かっているものがあるからね。少なくとも、ファンが楽しめる良いサッカーの試合になることを願っている』と語り、終盤の猛烈な追い上げを見せたレバンテの姿勢を称賛した。消化試合となるベティスだが、決して手を抜くつもりはない構えを見せている。(via Estadio Deportivo)
レバンテを支え続けた伝説の庭師「ライモン」が38年の勤務を経て引退
レバンテの歴史そのものとも言える存在、ホセ・ラモン・フェレール・ブエノ(通称「ライモン」)が、38年間の勤務を終えてクラブから引退する。1961年にバレンシアのメリアナで生まれた彼は、1988年に庭師としてクラブに加入し、次第にスタジアムの「何でも屋」として愛される存在となっていった。
『今では「グリーンキーパー」や「グラウンズマン」なんて呼ばれるが、私は古い世代の庭師だ。ゴールポスト周りの草をハサミで刈り込むようなね』と笑う彼は、父親から野菜作りを通じて植物の世話を学んだという。シウタ・デ・バレンシアがまだコンクリートのスタンドだった時代、雨が降ると雨宿りのためにメインスタンド(トリブナ)へ入れてほしいと頼むサポーターのために、鍵の束を持ってフェンスを開けて回ったという心温まるエピソードも持っている。
メリアナのグラウンドを管理していた際、当時のベニート・フローロ監督に見出され、シャティバやビジャレアルを経てレバンテへやってきた。当時は、ベンチの助監督よりも優秀な庭師が重宝される時代だった。
2003年には、当時のマノロ・プレシアド監督がピッチ状態を批判したことに対し、『彼が何様だと思っているのか知らないが、監督業に専念すればいい。私はピッチの管理をするから、選手を正しい位置に配置しろなんて口出しはしない』と堂々と言い返した。しかし、これがプレシアドとの最後の口論となり、2人の間には強い絆が生まれた。そのシーズン、スタンド下にあった用具室は「エル・ラコネット(隠れ家)」へと生まれ変わり、選手やスタッフが集まってパエリアを楽しむ場所となった。
エル・ラコネットは次第にレバンテの博物館へと進化。プレシアドやキニとの写真、古いクッション、バジェホ(旧スタジアム)でのエスパニョール戦のペナントなどが飾られるようになった。中には、2011年の国王杯でビジャレアルのマルティン・パレルモがゴールパフォーマンス中にコンクリートの壁を崩落させて脚(脛骨と腓骨)を骨折した際の「壁の破片」まで好奇心から保存している。
長年のキャリアの中では困難も多かった。2度の火災により、1992年にペナルティエリア内にステージを組んでコンサートを行った(後にチケット不振でセンターサークルに移動させた)若き日のアレハンドロ・サンスとの貴重な記念写真などが失われた。数年後に大観衆を集めた別のコンサートで彼がViceroyのテレビCMを撮影した際、『妻と私でViceroyのオーナーとアレハンドロ・サンスを接待した』という。
最も頭を抱えたイベントは、2006年のブルース・スプリングスティーンのコンサートだ。『土曜日にここで公演があり、次の日曜日にエスパニョール戦があった。バレンシアはずっと雨で、新しい芝生が来る場所も雨。完全なカオスで、今日なら試合は延期されていただろう』と語る。籠と鍬を使った手作業の園芸でなんとか乗り切り、試合は0-0で引き分けた。ある夏には井戸が枯れ、市役所の給水車でピッチに水をまきながら、『雑草が生えて緑に見えるように』と祈ったこともあった。
パブロ・カバジェロから贈られたマラドーナのユニフォームや、ホアキン・サビナの山高帽(忘れていったものか贈られたものかを聞かれ『両方だ』と皮肉っぽく答える)など、数々の思い出の品々に囲まれてきたライモン。2011年には、チームが歴史的な首位に立ち、スタジアムの最初のマストに旗を掲げる主役として全国紙MARCAの表紙も飾った。
引退を数日後に控え、直近のオサスナ戦で名誉のキックオフを務め別れを告げたライモンは、『私たちは1部にいるだけの功績を残してきた』とチームの残留を夢見ている。来年からは1人のファンとしてスタジアムを訪れる予定だ。『レバンテは私に人生を与えてくれた。それを失いたくない。ここはとても居心地が良かったし、これだけの年月をここで過ごした価値はあった』と、愛するクラブへの感謝の言葉で締めくくった。(via MARCA)
【小ネタ
ビジャレアルのマルセリーノ監督が、アトレティコ・マドリード戦に向けた記者会見の中で、過去に指揮を執っていた際のレバンテとの一戦を振り返る一幕があった。
同監督は、チームの現在の状況を過去と比較し、『私たちは、レバンテ戦の日にチャンピオンズリーグ出場権を獲得した頃の私たちとは違うチームになっている』と語り、過去のレバンテ戦で成し遂げた偉業を引き合いに出して、現在のチームの競争力向上を求めた。(via SPORT)
【本日の総括】
運命の最終節ベティス戦を目前に控え、自力残留の条件が整ったレバンテ。相手選手からもその猛烈な追い上げが称賛される中、クラブの歴史を38年間支え続けた名物庭師ライモンの引退という感動的なニュースも飛び込んできました。クラブの誇りと残留への強い思いを胸に、土曜日の決戦へと挑みます。



