セビージャFCの創設年論争とベティスとの知られざる「合併」の真実
📚 パブロ・デ・オラビデ大学の社会人類学教授であり、セビージャのサッカー史を深く研究するアルベルト・デル・カンポ・テヘドールが、新たにセビージャFCとレアル・ベティスに関する歴史書を出版し、これまで信じられてきた「嘘」や「神話」を次々と打ち砕きました。
まず、セビージャとベティスのライバル関係における最大のステレオタイプを否定しました。
『一番の嘘は、ベティスとセビージャの争いがダビデとゴリアテの戦い、つまり持たざる者と上流階級の戦いであるというものだ。これは完全に嘘であり、単なるステレオタイプに過ぎない。ライバル関係はもっと複雑なんだ』
『なぜかって?まず第一に、セビージャはずっと多様性に富んだクラブで、決して上流階級だけのものではなかったからだ。イバラ家のような貴族の要素もあったが、共和主義者や自由主義者も多く、完全に折衷的で多様性があった。英国で学んだ彼らの多くは、まず第一にサッカーを民主化するというビジョンを持ち、他の社会階層にもサッカーを広めようとしていた。これは、セビージャが「上流階級の気取った連中」だったという言説とは相反するものだ』
さらに、両クラブの成り立ちについても明確にしています。
『もう一つの嘘は、ベティスFCが分裂をきっかけに設立されたというものだが、これは根本的に間違っていることが証明されている。最初にセビージャFCが設立され、次にセビージャ・バロンピエ、そしてベティスFCが設立された。3つとも大衆的なものではなく、すべて寡頭制、エリート層に属していた』
また、セビージャFCの創設年が「1905年」なのか、それとも近年クラブが主張する「1890年」なのかという論争についても、見解を述べています。
『1892年から1905年の間には、プレーが途絶えたと私が確信している非常に重要な空白期間がある。もし、同じクラブであるためには継続性が必要だとか、空白期間は2、3年なら許されるがそれ以上はダメだと考えるなら、継続性はないことになる。だが、その逆を支持する主張もある。同じ家族、同じ名前、さらには同じスタジアム、ある種の継続性の記憶が存在するからだ。したがって、適用する基準によってどちらを支持することもできる』
そして最も驚くべき事実として、過去にセビージャとベティスが「合併」していたという歴史を明かしました。
『セビージャFCが困難に直面し、丸1年プレーしなかった時期には、セビージャの選手たちがベティスでプレーし、ベティスのシャツを着て、最終的にセビージャFCとベティスFCが合併するほどだった。しかし、最終的にベティス側が反発し、再びベティスを再建したんだ』
『セビージャとベティスは常に兄弟のような関係にある。結婚していたり、義理の兄弟だったり、友人だったり、隣人だったりする選手たちがいるんだ』
長年のライバル関係の裏には、互いに助け合い、時に融合さえした深い歴史が存在していることが明らかになりました。
(via ElDesmarque)
【本日の総括】
ヴラホディモスの復帰という待望の朗報が届いた一方で、グデリやA・サンチェスら一時代を築いた7選手の退団が正式に発表され、スカッドの血の入れ替えが加速しています。セルヒオ・リコの逆オファーや若手オソへのプレミア参戦など、ピッチ外でも激しい動きが続くセビージャ。歴史の真実を紐解きながら、新たな時代への第一歩を踏み出す激動の1日となりました。