【レアル・サラゴサ

レアル・サラゴサの下部組織(カデテB=15歳以下)において、指導者の言動を巡る重大な不祥事が発生した。チームを指導していた育成コーチが、所属選手3人の保護者から『侮辱的かつ不当な扱い(trato vejatorio)』を受けたとしてクラブに通報・告発され、電撃辞任する事態へと発展した。

事態を受けて該当コーチは自身のSNSで長文の声明を発表。『不当なバッシングや世間からの公開処刑を和らげ、クラブに迷惑をかけないために自主退職を選んだ』と釈明。一方で『意図的かつ継続的に誰かを侮辱した事実はない。告発は誇張であり不当だ』と全面否定した。

さらに『自身の誇り、プライバシー、肖像権を守るため、あらゆる法的措置を講じる権利を留保する』と抗戦の姿勢を露わにし、クラブが開設した内部調査ファイルについても十分なヒアリングなしで作成されたものだと批判している。

(via ElDesmarque)

【FCバルセロナ

リオネル・メッシの初代代理人を務めたオラシオ・ガッジョーリ氏が『Radioestadio Noche』に出演し、リオネル・メッシがバルセロナへ加入した当時の伝説的な舞台裏を明かした。

13歳当時のリオネル・メッシは成長ホルモン分泌不全の治療費が高額であり、アルゼンチン国内では誰もその費用を負担しようとしなかった。困り果てた家族からの連絡を受けたガッジョーリ氏はバルセロナとの仲介を開始。2000年12月14日、カルレス・レックス=サック氏がテニスクラブのレストランでナプキンに書いたあまりにも有名な仮契約書について『あの紙切れがリオネル・メッシとバルサの歴史を永遠に変えた』と振り返った(そのナプキンは2024年5月にロンドンのオークションで89万ユーロ=約1億4000万円で落札されている)。

さらにガッジョーリ氏は『もし当時、自分がバルセロナではなくマドリードに住んでいたら、間違いなくレアル・マドリードにテストを受けさせていただろう。当時はレアルのバルダーノとも面識があった』と明かし、一歩間違えればフットボールの歴史が大きく塗り替わっていた可能性を告白した。

(via SPORT)