【セルタ・デ・ヴィーゴ

セルタ・デ・ヴィーゴの公認サポータークラブ「Peña Celtista de Pontevedra」のメンバーが、ヨーロッパリーグのサン=ジロワーズ戦を観戦した後の帰路で恐ろしい災難に見舞われました。木曜日の深夜、ヴィーゴからポンテベドラへと向かう高速道路AP-9上において、サポーターを乗せたマイクロバスが突然出火し、全焼する事態が発生しました。

走行中、ジーニー・バスのクラッチ部分に機械的トラブルが発生し、車内に強烈な焦げ臭いにおいが充満。違和感に気づいた女性ドライバーが即座に車両を路肩に停車させ、乗客全員に対して緊急降車を指示しました。乗客全員が車外へ退避したわずか数分後、ジーニー・バスは激しい炎に包まれ、あっという間に黒焦げの骨組みだけになってしまいました。

一歩間違えれば大惨事になるところでしたが、ドライバーの迅速で的確な判断のおかげで、怪我人は1名も出ずに済みました。深夜の高速道路で起きたショッキングな火災事故でしたが、奇跡的な無傷での生還にサポーター関係者からは安堵の声が上がっています。(via MARCA)

【バルセロナ

バルセロナの左サイドバック、アレハンドロ・バルデ(アレハンドロ・バルデ)が、自身の下積み時代と家族の深い絆について語りました。ギニアビサウ出身の父サディウさんとドミニカ共和国出身の母グレディスさんの間に生まれたアレハンドロ・バルデは、バルセロナでも特に貧しい地域とされるラ・ベルネーダ地区で育ちました。

幼少期の思い出についてアレハンドロ・バルデは次のように振り返ります。

『母は私を電車に乗せて試合会場まで連れて行ってくれました。バルセロナ中のあらゆるグラウンドへ行くために、公共交通機関で市内を駆け巡りました。父は車を持っていましたが、家族のためにいつも働いていました。他の家庭なら“ここまでだ”と諦めていたかもしれませんが、母は私の夢のために大きな犠牲を払ってくれました』

アレハンドロ・バルデは2023年夏、父の故郷であるギニアビサウを初めて訪問し、現地の学校や病院の建設支援、地域コミュニティへの寄付活動を行いました。また、自身が通った小学校を訪れ、過酷な環境にいる子供たちへフットボールを通じて夢を持つ大切さを伝え続けています。ラ・マシアの2003年組として苦楽を共にしてきたアレハンドロ・バルデは、過密な定位置争いや移籍の噂にも揉まれながら、家族から受け継いだ努力の精神でトップチームでの生き残りを誓っています。(via SPORT)