アレックス・デルガド スペインを飛び出しドバイでプロの道を切り開く

デポルティーボ・ラ・コルーニャの下部組織アベゴンドで育ったベネズエラ国籍の20歳アタッカー、アレックス・デルガドが、アラブ首長国連邦3部のフルサン・ヒスパニアへ移籍した。異国の地でプロへの道を力強く切り開いている。スペインの下位カテゴリーで厳しい現実に直面しながらも、自らの足で新たなキャリアを模索する若者の挑戦は、カンテラ出身者が直面する生存競争の激しさと多様な生き方を象徴する出来事として注目を集める。

8歳の時に家族とともに南米ベネズエラからスペインのガリシア州アルテイショへ移住した少年時代、ホアキン・デルガドのサッカー人生は連続する挫折からのスタートであった。最初に門をたたいた地域クラブのアトレティコ・アルテイショから入団テストで不合格を告げられた。続いて試したモンタニェロスでも、父親に対して『他の選手の登録枠を空けておきたいので受け入れられない』と告げられて入団が叶わなかった。少年時代のデルガド自身も『当時の自分は本当にサッカーが下手だった』と自虐交じりに笑顔で振り返るが、その苦い挫折が彼の反骨心に火をつけることとなった。

では、彼はどのようにして才能を開花させたのだろうか。11歳を迎えた頃から、元サッカー経験者である父親との二人三脚での毎日におよぶ特訓を開始した。個人技術を磨くための特別指導を受け、専門のフィジカルトレーナーを雇って厳しいトレーニングを何年も絶え間なく積み重ねた。その努力が実を結んで着実に実力を向上させ、ついにガリシアの名門デポルティーボ・ラ・コルーニャのスカウトの目に留まり、夢にまで見た育成拠点アベゴンドへの入団を果たした。アルテイショの街で育ったホアキン・デルガドにとって、幼少期に味わった2度の入団拒否は忘れられない体験となっている。特にモンタニェロスで父親が受けた『枠を空けておきたい』という非情な告知は、少年心に大きなショックを与えた。だが、11歳からの厳しい個人指導とトレーナー指導によって、彼は自らの弱点を克服してみせた。アベゴンドでの生活は快適そのものであったが、だからこそ『温室を出れば外は寒い』という言葉の重みが、その後のローン生活で身に染みることとなった。ドバイでミチェル・サルガドの目に留まったことは、彼の人生を劇的に変える転機となったと言えるだろう。

アベゴンドでカテゴリーを順調に駆け上がり、最高峰のジュベニールAでの活躍を経て、2024-25シーズンにはセカンドチームのファブリルへの昇格内定を勝ち取った。施設はトップチームと同等の最新設備を備えており、15歳や16歳の選手でもプロ並みのサポートを受けサッカーに没頭できる『温室』のような環境だ。一方で指導者たちは、アベゴンドを一歩出れば外の世界は非常に寒いと常々言い聞かせ、現実の厳しさを警告していたという。

その言葉通り、ステップアップを求めて出向いた期限付き移籍先のベタンソスでは、開幕からベンチを温める厳しい日々に直面し、チームもテルセーラRFEFからプレフェレンテへと降格してしまった。昨シーズンも復調を目指してエストラデンセ、次いで古巣とも言えるアトレティコ・コルニャ・モンタニェロスでプレーした。しかし、思い描いていたような出場機会を得られず『期待通りのシーズンを過ごせなかった』と悔しさをにじませる。スペインの5部相当であるテルセーラでは、信じられないほど高いレベルを持った選手たちが月給500ユーロという過酷な待遇の中でひしめき合っている。そのため、保護された環境から離れて自立することの難しさを身をもって痛感することとなった。

今夏、無所属という大きな不安を抱える中で代理人が精力的に動き、元レアル・マドリードのスター選手であるミチェル・サルガドが会長を務めるドバイのフルサン・ヒスパニアでのテスト機会を獲得した。見事に才能を認められて契約を勝ち取ったホアキン・デルガドは、チーム唯一のスペイン人選手としてアラブ首長国連邦へ渡った。現地では気温48度・高湿度という酷暑の中での激しいトレーニングや、静かで穏やかなアルテイショとは対極にある大都市ドバイの目まぐるしい生活に適応し、開幕から複数のゴールを記録してチームの期待に応えている。

さらに、アラブ首長国連邦の3部リーグは、プロへの生き残りを賭けた野性的な戦いの場となっている。プレシーズンには中南米やアフリカ、アジア、欧州など世界中から集まった大勢の若手が、自らや家族の生活を懸けて1週間のテストに『首を噛みちぎる覚悟で』挑んでくる。酷暑の中でも凄まじいフィジカルで走り回るライバルたちとの争いを制して昇格を掴み取れば、そこにはプロの世界が広がる。2部へ昇格すれば正式にプロリーグとなり、マリオ・バロテッリやダグラス・コスタ、クルト・ズマ、ポスエロといった世界的なスター選手たちと同じ舞台で戦う権利を得られるからだ。

滞在中に地域でミサイル警報が発令され海上に着弾したが、治安の良いドバイの街並みの中で恐れを感じることなく、サッカーに没頭できている。一方でこの動きが示す真の意味は、スペイン国内の熾烈な競争から漏れた選手でも、広い視野を持って行動すればプロへの扉を再び開けるということだ。さらに『プロサッカーを自分の人生にするならば、大切なものを後ろに残してでも夢を追い求めなければならない』と語るホアキン・デルガドの姿は、安全な居場所を捨てて運命を切り開く若者の力強い覚悟を物語っている。(via SPORT)

【本日の総括】

本日は、アスレティック・ビルバオのレザマで覚醒を見せる超大型ストライカーの将来像を取り上げた。一方で、デポルティーボのカンテラからドバイへ渡りプロを目指すアタッカーの挑戦という、対照的な二つの物語を提示している。地元の育成組織で育まれる大器と異国で戦う若者の姿は、スペインサッカー界の層の厚さと多様な歩みを物語る。今後は、エスナオルの段階的な昇格プロセスと、デルガド率いるフルサン・ヒスパニアの昇格争いの行方が焦点だ。