メスタージャの地下に生きた家族の記憶、戦後の名物管理人コンスタンティノが紡いだ美しい温もり

クラブがピッチ内外で困難な現代の過渡期を迎える中、創立100年を超えるメスタージャにまつわる極めて温かい歴史的な秘話が明かされました。かつてメスタージャのスタジアム内部に家を構え、そこで暮らしていた名物管理人 constantino(コンスタンティノ)氏の娘であるロラ・ポンスさんと、その息子ホセ・マヌエル・マングラーノさんが当時の思い出を語りました。

第二次世界大戦直後、失職した父親がコンサルタントを通じてメスタージャの管理人に採用されたことから家族のスタジアム生活が始まりました。最初の住居はメインスタンド( Tribuna)のグランドフロアの角にあり、玄関の扉にはバレンシアの史上初の国際試合(サン・ロレンソ・デ・アルマグロ戦)を記念したマニセスの陶器タイル製プレートが飾られていたといいます。

当時のスタジアム管理は完全な職人仕事であり、コンスタンティノ氏は近くの「メスタージャ用水路」から水を引いてピッチ全体を満水にして芝生を育て、自ら刈り、ラインを引き、ゴールポストやネットを修繕するなど、スタジアムのすべてを一人で守り抜いていました。ロラさんの母親は更衣室や救護室の清掃を行い、家族総出でファーストチームのユニフォームを洗濯し、幼いロラさんの役割は靴下を干すことでした。

ロラさんは当時の選手たちとの心温まる交流を懐かしそうに振り返ります。

『父がピッチでホースを持って水をまいていると、練習中の選手たちにいたずらで水をかけることがあった。すると選手たちが笑いながら走り寄ってきて、父を捕まえて頭から水を浴びせてお返ししていた』

また、地元のサン・パスクアル・バイロン教会の神父でバレンシアをこよなく愛していたドン・リカルド神父が、立場上おおっぴらに観戦できなかったため、父親が彼をこっそりスタジアム内に招き入れ、手動式のスコアボード(電光掲示板)のキャビンの中に隠して試合を見せてあげていたという、粋なエピソードも明かされました。

ピーター・リムらによる現在のクラブ経営について問われると、ロラさんは涙を浮かべました。

『涙が出そうになる。少女時代や若い頃、バレンシアが黄金期を迎え、最高の選手たちが活躍するのを見てきたからこそ、今のクラブの状況を見ると本当に胸が痛む』

息子のホセ・マヌエル氏も、現在の8,000キロ離れたシンガポール資本の冷淡なアプローチに警鐘を鳴らしつつ、真のバレンシア精神を語っています。

『バレンシアはかつて100%サポーターのものだった。今は魂こそ我々の中にあるが、8,000キロも離れた場所にオーナーがおり、クラブの方向性を軽視しているように見えるのは悲しい。ただ、サッカーを頭で感じる人は勝つチームを愛するが、心で感じる人は真に愛するチームを応援するものだ。たとえ2部Bに降格しても、この愛は変わらないし、喜びは何物にも代えがたい。2027年夏にオープン予定の新メスタージャに移転するのは寂しさもあるが、収容人数が倍増し、週7日稼働する近代的スタジアムになることへの希望も持っている』(via Superdeporte)

【本日の総括】

延期されていたベティスとの第1節は、強固な5バックと佐藤龍之介の輝きで序盤こそ攻勢に出たものの、決定機を逸し続けた結果、終盤83分にカウンター一閃に沈む痛烈な0-1敗戦となりました。

メスタージャに渦巻く大ブーイングとフロントへの不満、指揮官への辞任要求と、船出は極めて厳しい荒波に揉まれています。しかしその暗闇の中で、アルナウ・マルティネス獲得の完全合意というこれ以上ない吉報が届き、17歳デビッド・オトルビが見せた10分間のワールドクラスの輝きは未来への確かな光となりました。

次戦はア・コルーニャでのデポルティーボ戦。負傷者続出のディフェンスラインと深刻な決定力不足を解消し、敵地で待望の今季初勝利を掴み取れるか、バレンシアの底力が試されます。