古巣への尽きぬ愛と後悔
かつてレアル・ソシエダで前線を担ったブラジル人FWジョナタス・デ・ジェズスが、現役を退いてから1年半が経った現在、ブラジルのベロオリゾンテで古巣への消えない愛と、キャリア最大の悔恨を明かしました。
現在37歳のジョナタスは、自身の会社「J9 Esportes」を設立し、ブラジルの若き才能をヨーロッパへ送り出すエージェントとして第二の人生を歩んでいます。しかし、彼が今でも振り返って強く悔やむのは、かつて過ごしたサン・セバスティアンの地をあまりにも早く去ってしまったことです。当時の決断について、彼は『レアル・ソシエダは自分が絶対に去るべきではない場所だった。若くて深く考えていなかったが、今ならわかる。あの素晴らしいクラブに10年、あるいは15年は残るべきだった』と痛切な思いを語りました。
クラブ在籍時、彼は負傷に悩まされながらも、当時絶好調だったイマノル・アギレチェの控えという難しい立ち位置の中で公式戦7ゴールを記録しました。2年目は気候や街にも適応し、さらなる飛躍を確信していましたが、当時ブラジル代表の指揮官を務めていたチッチ監督から『コリンチャンスに戻れば代表に呼ぶ』と声をかけられたことで心が揺らいでしまいました。母国での名声を焦って移籍を決断したものの、結果的にロシアのルビン・カザンへ移ることになり、その後はクラブの財政問題で給与を半減されるなど放浪のキャリアを歩むこととなりました。
また、ジョナタスはレアル・ソシエダのジョキン・アペリバイ会長に対して特別な敬意を抱いています。アペリバイ会長を『これまでに所属したすべてのクラブの中で、最も素晴らしい会長の一人』と評し、退団時の知られざるエピソードを明かしました。当時、有名代理人だったミノ・ライラに促されたわけではなく、自らの意志でアペリバイ会長に直接謝罪したといいます。『自分がまだ子供で、クラブやチームメイト、そして会長が示してくれた優しさを理解できていなかった。自分が間違っていたときは、それをしっかりと認める必要があると思った』と振り返りました。
彼にとってサン・セバスティアンは、最愛の娘が生まれた特別な街でもあります。そしてピッチ上の最高の思い出として、サン・マメスで行われたアスレティック・ビルバオとのダービーマッチを挙げました。カルロス・ベラの見事なアシストから決めたゴールと、その後のマシンガンをぶっ放すようなゴールパフォーマンスは今でも色褪せません。宿敵のサポーターからはSNS上で猛烈なバッシングを浴びたものの、『ラ・レアルのファンが喜んでくれたから全く気にしなかった』と、ダービーの熱狂を懐かしそうに語っています。人種差別的な野次についても、高い競争心を持って試合に集中していたため、外の雑音に惑わされることはなかったと語りました。
(via NoticiasDeGipuzkoa)
