クラブOBクライオヴェアヌが語る古巣対決と秘話

1990年代後半から2000年代初頭にかけてスペインのピッチを彩った元ルーマニア代表フォワード、ジカ・クライオヴェアヌ。1995年にレアル・ソシエダへ加入して以来、ビジャレアルを経て2002年にヘタフェへ移籍し、4シーズンにわたって活躍した伝説的選手だ。ラ・リーガ通算282試合出場62ゴール12アシスト、ルーマニア代表として26試合4ゴールを記録し1998年フランスW杯にも出場した彼は、ヘタフェにとってクラブ史上初となるプリメーラ(1部)昇格を成し遂げた重要な功労者でもある。

そのクライオヴェアヌにとって、今週木曜日のUEFAカンファレンスリーグは感無量のひとときとなる。現役生活を締めくくったヘタフェが、彼がプロとしての礎を築いた母国の愛するクラブ、ウニベルシタテア・クライオヴァと激突するためだ。

ルーマニアのウネドアラで生まれスラティナで育った彼は、幼少期からクライオヴァに強い愛着を抱いていた。若手時代には名門ディナモ・ブクレシュティから破格のオファーを受けたものの、迷わずクライオヴァを選んだ過去がある。

『ディナモからは1万5000ドルの契約金を提示されたが、私はわずか1000ドルしか出せなかったウニベルシタテア・クライオヴァを選んだ。それでも自分の選択を後悔したことは一度もない。私の身体には青と白の血が流れていたし、地元スラティナの街中がクライオヴァのサポーターだったからだ。父だけはステアウアの熱狂的なファンで、私がステアウア相手に4ゴール決めた試合でも、ステアウアが5対4で勝ちさえすれば大喜びするような人だったけれどね』と懐かしそうに振り返っている。

ウニベルシタテア・クライオヴァでは5シーズンで129試合に出場し61ゴールを記録。1993-94、1994-95シーズンには2年連続でルーマニアリーグ得点王に輝き、スペインへと羽ばたいた。 (via Estadio Deportivo)