ラ・マシアの記憶
バルセロナの下部組織で10年間を過ごしたダビド・バブンスキーが「ADN Masia」の番組内でラ・マシア時代を振り返りました。かつてその深い思考から「哲学者」と呼ばれたバブンスキーは、遠征先や食事の席で栄養学やメンタル、人生の意義について仲間と議論を重ねていました。特にアダマ・トラオレとは『科学や神の存在、人生の目的について夜遅くまで深く語り合った』と明かしました。イニエスタの後継者と期待されながらトップチーム昇格を果たせなかった無念も口にしましたが、ラ・マシアで学んだ人間性とサッカーへの情熱を誇りに思い、将来は指導者としてバルセロナに戻りたいという夢を語りました。(via SPORT)
1972年の秘話
アルゼンチンの伝説的ストライカーであるカルロス・ビアンキ氏が、1972年にバルセロナへ移籍する直前まで迫っていた未公開の歴史が明かされました。当時スカウトのパコ・ロドリ氏が作成した評価レポートには『知性的でメンタルが健やかであり、エリア内で抜群の決定力と勇気を持つ危険なフォワード』と絶賛されていました。翌1973年、リヌス・ミチェルス監督がクライフ獲得のために渡欧した際、直接ビアンキ氏に声をかけて『クライフを買う資金があれば君たちを何人も買える』と打診したものの、ビアンキ氏はすでにフランスのランスと交わしていた口約を守るために断ったという秘話が明かされました。(via SPORT)