ヒラルデス監督の告白と指導者論
選手時代のヒラルデス監督は、決して辛抱強いタイプではなかった。同世代の選手と早く競い合いたい一心で、契約面において拙速な決断を重ねていたことを自ら明かしている。
かつてレアル・マドリードおよびアトレティコ・マドリードの下部組織に在籍していたが、いずれも契約を残したまま自ら退団を選択した。『日々の生活の中で幸せを感じられなかった。自分が幸せになれない場所なら、別の道を探すべきだ』という信念に基づくものだった。
ポルリーニョ時代には、スポンサー企業との交渉、ウエアのデザイン、保護者との話し合い、スケジュール調整まであらゆる雑務をこなし、それが指導者としての大きな糧となった。現代のプロ選手については『昔の世代よりもはるかに体に気を使っている。ピッチ外の1%の違い、つまり食事や睡眠が決定的な差になると理解している。スマホなどの誘惑は増えたが、全員がフィジカルの重要性を認識している』と語る。
指揮官として最も特別な瞬間として、初勝利を挙げたセビージャ戦(サンチェス・ピスフアン)を挙げている。『相手が激しいプレスをかけてくる中、ボールが動き始め、選手たちが笑顔で高いリズムのパスを回しているファーストポゼッションを見た瞬間は鳥肌が立った』と振り返り、サンティアゴ・ベルナベウでの勝利や、オリンピック・リヨンを撃破してヨーロッパリーグ・ベスト8進出を決めた瞬間も忘れがたい思い出として挙げている。(via Mundo Deportivo)