ビセンテ・イボラのクラブへの忠誠心と指導者としての第一歩
⚽️ クラブのレジェンドであるビセンテ・イボラが、選手としての輝かしいキャリアに幕を下ろし、指導者として新たな道を歩み始めています。イボラはレバンテの下部組織で育ち、2008年にトップチームデビューを果たしました。その後5シーズンにわたりプレーし、2010年のプリメーラ・ディビシオン(1部)昇格や、その後の1部での躍進に大きく貢献しました。
⚽️ 2013年にセビージャへ移籍した後、レスター・シティ、ビジャレアルと渡り歩き、2022年に一度目のレバンテ復帰を果たしましたが、その時は惜しくも土壇場で昇格を逃す悔しい結果に終わりました。その後オリンピアコスでのプレーを経て、2024年の夏に再び愛するレバンテへと帰還。ついにクラブを1部昇格へと導き、2025年7月に37歳でプロサッカー選手としてのキャリアに有終の美を飾りました。
⚽️ イボラのレバンテへの愛を物語る有名なエピソードがあります。2013年にセビージャへ移籍する数ヶ月前、実は最大のライバルであるバレンシアへフリーで移籍するチャンスがありました。しかし、イボラはその誘いを断り、違約金を支払ってくれたセビージャへの移籍を選びました。この決断について、イボラは次のように語っています。
『それは2012年のことで、セビージャに引き抜かれる数ヶ月前の話です。あと1年待って、フリーでバレンシアに加入するという選択肢もありました。しかし、それは倫理的に正しいとは思えませんでしたし、あのような形でクラブを去るのは適切な方法だとは感じませんでした。私にとってレバンテは非常に大切な存在でしたから。幸運なことにセビージャが違約金を支払って獲得してくれて、そこで素晴らしい経験をすることができました。それでも、もし移籍するにしても、レバンテに何も残さずに出て行くのは絶対に避けたかったのです』
⚽️ 引退後、イボラはすぐにレバンテのトップチームのコーチングスタッフに入り、アシスタントコーチとして指導者の道を歩み始めました。今シーズンは、フリアン・カレロ監督、アルバロ・デル・モラル監督、そして最終的にチームを1部残留に導いたルイス・カストロ監督という3人の指揮官の下で経験を積みました。ルイス・カストロ監督が累積警告でベンチ入り停止処分を受けた際には、イボラが実質的な第1監督としてチームを指揮する場面もあり、クラブの未来を担う指導者として着実にステップアップしています。
(via Estadio Deportivo) (via ElDesmarque)