1977年9月10日のメスタリャにおけるフェンス設置の記憶
49年前の今日にあたる1977年9月10日、ホームスタジアム「メスタリャ」の歴史において大きな転換点となる出来事がありました。
当時のスペイン・フットボール界ではスタジアム内における暴力行為や観客のピッチ侵入事件が相次いでおり(バルセロナ対マラガ戦でのヨハン・クライフ退場騒動や、メスタリャでのバレンシア対サラゴサ戦の暴動による試合中断など)、スペインサッカー連盟(RFEF)が観客席とピッチを隔てる安全基準の制定を義務付けました。
1977年9月10日に行われたカディスCF戦において、メスタリャで史上初めて金属製の「防護フェンス(Vallas)」がお披露目されました。
当初クラブ側はピッチ周囲に「堀(Foso)」を掘る案を検討していましたが、最前列の年間シート(ソシオ)を保有するファンが観戦位置の喪失に猛反発したため、視界が遮られるリスクを承知でフェンス設置が採用された経緯があります。
民主化への社会運動と過渡期の熱狂に包まれていた当時のメスタリャを象徴するこの金属フェンスは、その後20年以上にわたってピッチを囲み続け、1998/99シーズンに一部撤去、そして1999/2000シーズンに完全撤去されるまで、クラブの歴史を見守り続けました。(via MARCA)
【本日の総括】
過酷な負傷禍と最下位という窮地に立たされるバレンシアですが、スパイクを削ってまで出場を模索する選手たちの執念や、下部組織から台頭する新星たちの輝き、そして新スタジアム建設を見据えた経営基盤など、クラブの底力が問われる重要な局面を迎えています。