ロドリのバルサ移籍と新加入ククレジャへの本音!元所属サンス氏が語るマドリーの補強と自身の壮絶な過去

現役時代にレアル・マドリードとマラガの両クラブでプレーした経験を持つ52歳のフェルナンド・サンス氏(元クラブ会長ロレンソ・サンス氏の息子)が、この両者の対決を前にインタビューに応じました。

今夏、マドリーへの加入がほぼ確実と見られながらも最終的に宿敵バルセロナへ電撃移籍したロドリの件について、サンス氏は胸を痛めたことを率直に認めました。彼は『本当に心が痛んだよ。ロドリはマドリーにとって本当に素晴らしい補強になったはずだ。当時はなぜ交渉が決裂したのか理解できなかったが、モウリーニョ監督が「本人がマドリーに来ることを躊躇している」と話しているのを聞いて合点がいった。少しでもマドリーへの移籍に迷いがあるような選手なら、最初から来ない方が賢明だ』と語り、モウリーニョ監督の見解に同意しました。

一方で、今夏獲得した左サイドバックのククレジャについては大きな興奮を感じています。『ククレジャは今夏で最もワクワクさせる補強だ。ピッチ上での実力の高さはもちろんのこと、あの親しみやすいキャラクターや人柄によって、誰もが彼に愛着を抱いているよ』と、そのキャラクターを含めて大絶賛しました。

さらに、若きアタッカーのカルロス・エスピーについても太鼓判を押しています。『彼がクラブにやって来た瞬間から、いずれゴールを量産するだろうと確信していた。かつて活躍したホセルの再来とまでは言わないが、まさに現在のマドリーが必要としていたタイプのストライカーだ。高いテクニック、才能、若さ、そして野心とストライカーとしての嗅覚をすべて兼ね備えている。今シーズンは全ての大会を合わせて20ゴール以上を決める方に賭けてもいいくらいだ』と、絶大な信頼を寄せています。

また、サンス氏は自身のマドリー退団についても重い口を開きました。当時の会長の息子という立場ゆえに受けた理不尽な批判は、精神的に非常に過酷なものだったと振り返ります。『当時の状況は本当に耐え難いもので、契約が残っていたにもかかわらず、愛するクラブを去る決断をせざるを得なかった。当時はメンタルヘルスという概念は一般的ではなかったが、毎週のようにあの過酷なプレッシャーに耐えるのは心理的に限界だった。最悪の給料で、何の要求もせず、チームのために全てを捧げていたのになぜあそこまでひどい扱いを受けたのか、今でも分からない。メディア同士の争いに巻き込まれ、父を攻撃するための材料として自分が利用されることもあった。チャンピオンズリーグ準決勝のドルトムント戦など、どれほど素晴らしいプレーを披露しても、サポーターからの愛を感じることはできず、スタジアムにはブーイングや罵声、侮辱が飛び交っていた。あの精神状態でプレーを続けることは、絶対に不可能だったよ』と、かつての辛い苦悩を克明に告白しました。

(via Mundo Deportivo)

「解任されてもマラガの監督などやらない」モウリーニョ監督と対戦相手の間に横たわる15年来の強烈な因縁

この日曜日に行われるマラガ戦は、モウリーニョ監督にとって非常に「辛口」な過去の因縁を呼び起こす一戦でもあります。

最も有名なのは、15年前の2011年3月に遡るマヌエル・ペレグリーニ監督(当時マラガ指揮官、前マドリー監督)との激しい舌戦です。当時、モウリーニョ監督は前任者の実績と比較されることに不満を抱き、『もし自分がレアル・マドリードを解任されたとしても、マラガを指揮するようなことは絶対にない。イングランドやイタリアのビッグクラブに行くだけだ』と言い放ち、物議を醸しました。

これに対し、常に紳士的な態度を貫くペレグリーニ監督は『同業者の意見にコメントするつもりはない』と大人の対応を見せましたが、ピッチ上ではマドリーが7対0という大差でマラガを粉砕(ゴンサロ・イグアインが4ゴール、カリム・ベンゼマが2ゴール、アンヘル・ディ・マリアが1ゴール)。

しかし、舌戦はこれだけにとどまりませんでした。後になってこの「マラガに行かない」発言について再度尋ねられたモウリーニョ監督は、『自分にはどこで働きたいかを自由に決める権利がある。マラガというクラブや街に何か恨みがあるわけではなく、単純に自分自身の好みの問題だ。世の中にある多くのクラブと同じように、私がマラガの監督になることは今後も絶対にない』と、さらに火に油を注ぐような持論を展開しました。

さらにモウリーニョ監督とマラガの因縁といえば、2012-2013シーズンにイケル・カシージャスをベンチに追いやり、代わりにアントニオ・アダンを先発起用した件が有名です。この決定は、スタジアムで中継していたテレビカメラが、当時のフローレンティーノ・ペレス会長が驚愕する表情を捉えたことで今も語り継がれています。この試合は2対3で敗れ、当時の指揮官は『これは純粋に技術的な判断に過ぎない』と言い張ったものの、その後の展開は単なる技術的な決断ではなかったことを証明しています。

また、別のシーズンには、当時マラガの監督だったジェズアルド・フェレイラ氏がポルトガルのメディアでモウリーニョ監督をロバ(愚か者)と呼んだため、現地紙マルカが一時的に取材拒否を受けるといったピッチ外の泥沼劇もありました。今回の対決は、これらの強烈な歴史が交錯する中で行われます。

(via MARCA)

出場ゼロからの反撃へ!指揮官が我が子のように信頼を寄せる「兵士」リュディガーが今夜ついに解禁か

現在33歳(来年3月に34歳を迎える)のドイツ代表センターバック、アントニオ・リュディガーにとって、今夜のマラガ戦は待ちに待った瞬間となりそうです。

今夏のワールドカップにドイツ代表として出場したものの、チームがペナルティシュートアウトの末にパラグアイに敗れたため、リュディガーの休暇は早めに始まりました。そのおかげで、彼はモウリーニョ新監督の就任初日から練習に合流できていたのです。しかし、開幕からのリーグ戦2試合で、彼はチームのフィールドプレーヤー(7人の怪我人を除く)の中で、唯一「1分も出場時間を得ていない」選手となっています。

これはモウリーニョ監督が守備の安定を第一に考え、コナテとハイセンを信頼して2試合連続でフル出場(180分間)させているためです。他に開幕から全試合フル出場しているのはクルトワ、バルベルデ、ムバッペのみ。

しかし、今回は中5日で3試合を戦うという非常にタイトな過密日程の3戦目であり、いよいよリュディガーの先発起用が現実味を帯びています。リュディガー自身、昨シーズンは度重なる怪我に苦しみ、出場数はわずか26試合(これはシュトゥットガルト時代の2014-15シーズンの22試合以来の少なさ)にとどまりました。ミリトンの離脱や、アラバの全盛期からの衰え、ハイセンの不調、アセンシオの不在などが重なる中で、彼の怪我はマドリーにとって最大の痛手となっていたのです。

しかしリュディガーは腐ることなく、ロッカールームで最も影響力を持つリーダーの一人として存在感を示し続けてきました。彼は契約更新について悩んだ時期もありましたが、最終的に残留を決めたのは、モウリーニョ監督にとってリュディガーが完璧なパーソナリティを持つ「絶対的な信頼を置ける兵士」であったからです。指揮官はまるで『我が子』のようにリュディガーを全面的に信頼しており、今夜のピッチで彼がその恩義に報いるパフォーマンスを見せることが期待されます。

(via MARCA)

ベルナベウで不敗の「マラガ神話」継続へ!負傷者続出の中で挑む日曜17時の「罠」と最新スタメン予想

今夜17時、サンティアゴ・ベルナベウに昇格組のマラガを迎える一戦は、レアル・マドリードにとっていくつかの「罠」が潜むゲームと言えます。普段とは異なる17時キックオフという時間帯に加え、直前の水曜日にレアル・ソシエダと対戦したばかりで、選手たちの疲労が懸念される中での3試合目となります。

マドリーは現在、凄まじい負傷者リストを抱えており、チュアメニ、ミリトン、エンドリック、メンディ、アセンシオ、チアゴ・ピタルチ、そしてロドリゴの計7名が欠場となり、今夜のゲームはベンチではなくスタンドからの観戦となります。

そのためモウリーニョ監督はスタメンの入れ替え(ローテーション)を明言しており、その筆頭として新加入のククレジャが左サイドバックで先発出場することが確実となっています。その他の変更点としては、コナテに代わってリュディガー、デュムフリースに代わってアレクサンダー=アーノルドが入る可能性が報じられています。また、中盤はチュアメニ不在、カマヴィンガもまだベンチスタートの調整段階であるため、バルベルデとベルナルド・シウバのコンビが引き続き舵を取る予定です。

予想される先発布陣は以下の通りです。

ゴールキーパーにはクルトワ。ディフェンスラインは右からアレクサンダー=アーノルド、リュディガー、ハイセン、ククレジャ。中盤にはバルベルデ、ベルナルド・シウバ、その前にアルダ・ギュレル、ベリンガム、ヴィニシウスが並び、前線には前節ソシエダ戦でハットトリックを達成した絶好調のムバッペが入る見込みです(一部ではディオマンデの先発起用の可能性も噂されています)。

歴史的なスタッツを見ると、マドリーはマラガに対して圧倒的なアドバンテージを誇っています。マラガはこれまでサンティアゴ・ベルナベウで一度も勝利したことがありません。過去16回のリーグ戦訪問で13敗3分け、得点16に対して失点44という厳しい数字を残しています。2017年の最後の対戦時もマドリーが3対2で勝利(決勝点はクリスティアーノ・ロナウド)しており、圧倒的なホームの強さを見せています。マドリーは現在、バルセロナ(得失点差プラス7)に次ぐ2位(得失点差プラス4)につけており、今夜全勝をキープして首位奪還へのプレッシャーをかけたいところです。

対するマラガは、アトレティコ・マドリードに0-2で敗れ、デポルティーボと1-1で引き分けた状態でこの大一番に臨みます。フネス監督は『もし引き分けを狙いに守備的に戦おうとすれば、おそらく8失点くらいして大敗を喫することになるだろう』と語り、玉砕覚悟で挑む姿勢を見せており、ラフィタを左サイドの前に置く「ダブルサイドバック」の奇襲を仕掛ける可能性も浮上しています。

(via Mundo Deportivo)

歴史が紡ぐマラガ戦の記憶!1950年にチームを救った伝説のDFクレメンテが生涯で一度だけ決めた劇的弾

今夜のマラガ戦を前に、両クラブの古い歴史を振り返ると、1950年2月12日にベルナベウ(当時はチャマルティン)で行われた伝説的な一戦が思い起こされます。

当時、マドリーは4試合勝ちなし、前週のアトレティコ・マドリード戦で1対5と大敗するなど、深刻な危機に瀕していました。ミスター・キーピング監督率いるチームは、あの高名なリカルド・サモラ氏が監督を務めるマラガを相手に大苦戦を強いられ、試合終了わずか5分前まで1対1の同点で、スタジアムにはサポーターの抗議と重苦しい雰囲気が渦巻いていました。

その時、モロウニーが蹴ったフリーキックを、屈強な守備で知られるセンターバックのクレメンテ・フェルナンデスが泥臭くネットへ押し込んだのです。クレメンテは後に『ボールが飛んでくるのが見えた瞬間、迷うことなく足を振り抜いたんだ』とその瞬間を振り返りましたが、一方でマラガのキーパー、セサレオ・ロペスは『シュートの前に、パヒーニョからアランウへの明らかなファウルがあった』と激しく抗議しました。

結局ゴールは認められ、マドリーが劇的な勝利を収めました。驚くべきことに、このゴールは、クレメンテがマドリーで過ごした11シーズン、通算213試合(公式戦144試合)の中で決めた「生涯唯一のゴール」だったのです。

1919年11月23日にマドリーの貧しい地域( Paseo de Extremadura )に生まれ、週25センチモのペセタを出し合って友人たちとクラブ( Unión de Amigos del Deporte )を作ってサッカーを始めたクレメンテは、22歳でマドリーと契約(当時の契約金は5000ペセタ)。荒々しい守備が当たり前だった時代に、卓越したボールコントロールと後方からのゲームメイク能力に秀でた「時代を先取りしたエレガントなDF」でした。マドリーではコパを2回、コパ・エバ・ドゥアルテを1回獲得し、退団後はデポルティーボでもプレー。マドリー所属時代にはスペイン代表としても3試合に出場しました。

1996年7月17日に亡くなったクレメンテですが、彼の生涯唯一のゴールというロマンあふれる記録は、今もマラガ戦の歴史の1ページとして深く刻まれています。彼の妻であるマリ・テレさんは生前、『夫はめったに怒らない温厚な人だったけれど、昼寝を起こされた時だけは本気で怒ったものよ』という可愛らしいエピソードを残しています。

(via MARCA)

【本日の総括】

過密日程と7人もの主力の離脱という試練の中、今夜のマラガ戦は新戦力ククレジャの初スタメンやリュディガーの今季初出場が確実視されています。因縁のライバル相手に、ベルナベウの不敗神話を維持して8月を全勝で終えることができるか、モウリーニョ監督の手腕に大きな注目が集まります。