伝説GKカシージャスが語る極貧の幼少期とクラシコでの悲痛な亀裂

レアル・マドリードの守護神としてクラブ史上屈指の功績を残したイケル・カシージャスが、元スペイン代表監督ビセンテ・デル・ボスケとの対談で自身のキャリアと知られざる苦悩を明かしました。

9歳で下部組織に入団したイケル・カシージャスは、モストレスの自宅から週に何度も家族の控えめな車で練習場へ通っていました。練習前には勉強をこなし、家計への負担を減らすため自分のゴールキーパー手袋を自ら手入れ・修理していたといいます。イケル・カシージャスは『人々は私が獲得した数々のタイトルばかりを見るが、8年間にもわたり父が毎日モストレスから車を出して送り届けてくれた苦労は見ていない』と振り返りました。憲兵隊員だった父親は、周囲から「マドリードの守護神になれる」と絶賛されても、息子が調子に乗って道を見失わないよう誰よりも厳しく接していたと明かしています。

2015年のポルト移籍についても言及しました。ジョゼ・モウリーニョ監督との複雑な関係などもあり望ましい形での退団とはなりませんでした。当時は『最も若く貪欲な一部のマドリー主義者たち』から強い批判を受けたと語り、当時は納得できなかったものの、時間が経過した現在では『批判する人がいる一方で、私をアイドルとして愛してくれるファンがいることに気づいた。振り返っても誰かに謝罪する必要はない』と誇りを口にしています。

さらに、2011年のモウリーニョ時代におけるクラシコの過熱ぶりについても激白しました。当時、バルセロナのシャビやシャビ・プジョルら代表の同僚との友情に深い亀裂が入り、親善試合でも異様な緊張感が漂っていたと明かしました。かつての良好な信頼関係を回復するまでには、8ヶ月から1年近い時間を要したということです。(via SPORT)