マドリードで戦う「もう一つのエスパニョール」の知られざる歴史

マドリードに、エスパニョールにルーツを持つアマチュアクラブが存在します。デエサ・デ・ラ・ビジャを本拠地とし、今年6月9日で創設10周年を迎えた「レクレアティーボ・クルトゥラル・デポルティーボ・エスパニョール・デ・マドリード」です。

このクラブの創設者であり、現在監督兼スポーツディレクターを務めるエンリケ・フェルナンデス氏は、熱狂的なアトレティコ・マドリードのファンでありながら、1988年に偶然の出会いからエスパニョールと深い絆を結びました。UEFAカップ決勝でバイエルン・レバークーゼンに敗れた1週間後、マドリードで行われたスペイン代表の練習でハビエル・クレメンテ監督に声をかけたことがすべての始まりでした。クレメンテ監督の計らいでジャーナリストのフアン・カルロス・グラシア氏を紹介され、フランスのバニェール・ド・ルションで行われた夏季キャンプに同行。15日間にわたりコーチングスタッフやクラブ関係者と友情を育みました。

その後、2016年にかつての教え子たちからチーム結成の相談を受けた際、エスパニョールへの感謝を込めてクラブ名を借りることを決意しました。ホセ・マリア・カルソン氏やジャウメ・マルティネス氏を通じて許可を得て、商標の問題から「レアル」ではなく「レクレアティーボ・クルトゥラル・デポルティーボ」という名称にし、エンブレムの王冠を外すなどの工夫をして誕生しました。マドリードでありながらカタルーニャ語の「ny」を使用したことで地元では少し物議を醸すこともありましたが、彼らは誇りを持ってその名を冠し、ユニフォームも初期はエスパニョールから提供されたものを使用していました。

現在、彼らはサンティアゴ・ベルナベウから徒歩40分ほどの場所にある、マドリードに2つしか残っていない土のグラウンドでプレーしています。昨季は悪天候によるグラウンド不良などが響き、14試合未勝利という苦境に陥ってセグンダ・アフィシオナードへの降格を喫しました。

エンリケ・フェルナンデス氏は現在の状況について次のように語っています。

『土のグラウンドはノスタルジックでロマンチックですし、多くの取材も受けますが、選手の獲得という点では非常に難しく、全く助けになりません。若手選手を引き留め、競争力のあるチームを作るためには多大な努力が必要です』

『この夏からいよいよ人工芝の敷設工事が始まります。プレシーズンは工事のため別の場所でプレーしなければならず、時間帯も厳しくなるため、移行のシーズンになるでしょう。しかし、新しい人工芝のグラウンドとともに、再び昇格を果たしてチームを増やしていきたいと願っています』

新たなピッチとともに、マドリードのエスパニョールは確かな再起を誓っています。

(via SPORT)

【本日の総括】

アラン・ペイス新体制1周年を迎え、モンチSDの下で新たなスタートを切るエスパニョール。フェルナンド・カレロの退団やカルロス・ロメロの復帰などスカッドの整理が進む中、プレシーズンも本格始動し、新シーズンへの準備が着々と進められています。また、マドリードで奮闘する「兄弟クラブ」のストーリーも、エスパニョールの影響力の深さを感じさせる心温まるエピソードでした。