レジェンドFWジョルジュ・モリーナが語るベティス黄金期!ルベン・カストロとの目線の蜜月から赤ちゃんのゲロ爆笑秘話まで

ベティスの歴史に名を刻む偉大なストライカー、ジョルジュ・モリーナが、自身のプロキャリアやベティスで過ごした忘れられない黄金期を振り返るロングインタビューに応じました。

モリーナがトップレベルのサッカー界に到達したのは比較的遅い年齢でした。そこには両親、特に父親の『勉強しなさい。お前は学んだことで生きていくんだ。サッカーで生きていくことはできない。父親のように毎日12時間も暗い工場に閉じ込められた生活を送りたいのか』という厳しい教えがありました。その言葉を忠実に守り、モリーナは大学で教育学とスポーツ科学の二つの学位を取得。この学問のバックグラウンドが、彼に謙虚さと努力の真の価値を教えたと言います。3部リーグのアルコヤーノと契約し、初めてサッカーで得た僅かな給料(当時はペセタ)を母親のエプロンに入れた瞬間は、今でも特別な思い出です。

ベティスへの移籍を決定づけたのは、当時のビクトル・フェルナンデス監督からの熱心な電話でした。しかし、加入したわずか1週間後にロペラ会長が株式を売却して退き、監督もペペ・メルに交代するという、クラブが大激変する渦中に巻き込まれました。

しかし、このペペ・メル監督との出会いが彼の運命を変えます。指揮官からトップ下でのプレーを提案され、これが稀代のエースであるルベン・カストロとの伝説的なコンビ結成へと繋がりました。ピッチ内での抜群の相性について、モリーナは『ピッチ上でルベンが私を見れば、彼が何を考えているのか一瞬で理解できた。外での親しい関係がそのままピッチに現れていた』と懐かしそうに語ります。二人はホテルの同部屋で6年間を過ごした大親友であり、ルベンが夜遅くまでヘッドホンをしながら、テレビドラマのアイダを夢中で見て笑っていたという微笑ましい私生活の姿も明かされました。

また、ジョアキン・サンチェスがベティスに復帰した際のエピソードも語っています。街中が熱狂に包まれる中、なんとジョアキンは腕にギプスをはめた状態で現れたそうです。モリーナは彼のことを『とにかく謙虚で、素晴らしい人間性を持った最高の働き者だった』と最敬礼。

セビリアという街とベティスへの愛は、家族にも深く刻まれています。彼の娘が幼い頃に色を覚える練習をしていた際、青を見て「青」、オレンジを見て「オレンジ」と言った後、緑色を見て『ベティス!』と元気よく叫んだ愛らしいビデオが今でもスマートフォンに残っているそうです。

そして、セビリアの春祭り(フェリア)での爆笑エピソードも披露してくれました。ある年、友人たちのテントを訪れた際、ファンから『赤ちゃんを抱っこして写真を撮ってほしい』と頼まれました。赤ちゃんを抱き上げた瞬間、モリーナは背中にじわっとした温かさを感じ、気がつくと赤ちゃんが彼の服にゲロを吐きかけていたそうです。その数年後、再び同じテントを訪れた際、友人から『おい、お前にゲロを吐いたあの赤ちゃんを覚えているか?あそこに立っているぞ』と、すっかり大きくなった子供を指さされ、大笑いした思い出を楽しそうに語ってくれました。 (via SPORT)