プティの後悔「女性への愛のためにバルサへ行ったのは間違いだった」

2000-01シーズンにFCバルセロナで1年間だけプレーした元フランス代表MFエマニュエル・プティが、ポッドキャスト番組に出演し、当時アーセナルからバルセロナへ移籍した決断が間違いであったと率直に告白した。

プティは、バルセロナ移籍の最大の理由がサッカーではなく、当時のパートナーであったフランス人女優アガト・ドゥ・ラ・フォンテーヌへの愛であったと明かした。『もし時間を巻き戻せるなら、絶対に違う選択をするだろう。バルセロナやレアル・マドリードは常に世界最大のクラブだと思っていたが、僕はアーセナルに留まるべきだった』と強い後悔の念を口にした。

移籍後のバルセロナでは本来のパフォーマンスを発揮できず、チームの戦術にも馴染めないまま、わずか1シーズンでチェルシーへ放出される結果となった。『時には、隣の芝生が青く見えても、今いる場所に留まる方が良いこともある。すべてを手にしているのに、なぜわざわざ出て行く必要があったのか?』と語り、感情に流されてキャリアの全盛期に環境を変えてしまった当時の自分を自嘲気味に振り返った。

(via Mundo Deportivo)

ルーカス・ペレス、PSV時代の空白の理由は結核だったと明かす

デポルティーボ・ラ・コルーニャの昇格の立役者であるベテランFWルーカス・ペレスが、YouTuberのアドリ・コントレラスのチャンネルに出演し、自身のキャリアで最も困難だったPSVアイントホーフェン時代の真相を初告白した。彼がPSVでわずか26分間しかプレーできなかった理由は、気候や環境への不適応ではなく、結核という深刻な病気によるものだった。

『結核はガリシア地方の風土病で、医師の検査と経過観察の結果、どこかで感染したのではなく、生まれつき持っていた菌が再発したという結論に至った』とペレスは説明した。病気の発覚により、彼は完全に隔離された生活を送ることを余儀なくされ、『新型コロナウイルスのロックダウンのような日々を過ごした』と当時の過酷な状況を振り返った。

治療は長期間に及び、『半年間治療を受け、最初は毎日12錠もの薬を飲まなければならなかった』と明かした。しかし、現在はこの困難な経験を笑い飛ばせるまでに回復しており、『25、26分くらいしかプレーしなかったけど、友人や家族とは「たった26分のプレーでタイトルを獲得したんだぞ」って冗談を言っているんだ。人生最高だよ』と明るく語った。

(via Mundo Deportivo)

ウーゴ・ギジャモンが結婚、クロアチアでの充実した日々

バレンシアCFのカンテラ出身で、現在はクロアチアの強豪HNKハイドゥク・スプリトでプレーするウーゴ・ギジャモンが、長年連れ添ったパートナーと身内だけの親密な結婚式を挙げた。

ギジャモンは1年半前に父親になったばかりで、今回の結婚は彼のプライベートにおける充実ぶりを象徴する出来事となった。バレンシアの将来を担う選手として期待されながらも、徐々に出場機会を失い、プレッシャーから逃れるようにクロアチアへと新天地を求めた彼だが、その決断は功を奏している。

異国の地でのプレースタイルへの適応には時間を要したものの、ゴンサロ・ガルシア監督のもとで徐々に中盤の要として定着。リーグ戦36試合中26試合に出場し、ディナモ・ザグレブが支配するリーグにおいて、ハイドゥク・スプリトの2位躍進と欧州カップ戦出場権獲得に大きく貢献した。スペインのメディアと厳しいプレッシャーから離れたことで、公私ともに精神的な安定を取り戻し、新たなキャリアの春を謳歌している。

(via SPORT)