降格と得点王の同時発生
仮にマジョルカがこのまま降格の憂き目に遭った場合、20ゴール以上を挙げたストライカーを擁しながら2部へ降格したラ・リーガ史上4番目のチームとなります。ムリキ個人の22ゴールという数字は、チームの総得点(44ゴール)のちょうど50%を占めており、彼自身の決定力と影響力の高さを証明する一方で、他のチームメイトからの得点貢献が著しく欠如しているというチームの致命的な欠陥を浮き彫りにしています。
過去に同じ悲劇を味わったのは以下の3例です。
・1975-76シーズンのスポルティング・デ・ヒホン:イニャキ・チュルカ、エンソ・フェレロと共に強力な攻撃陣を形成したキニが21ゴールでピチーチ賞に輝くも、守備の崩壊により勝ち点24(7勝10分17敗)で最下位降格。
・1979-80シーズンのラージョ・バジェカーノ:クラブ史上最高額でペニャロールから加入したウルグアイ人FWフェルナンド・モレナが21ゴールを記録するも、監督交代などの内部の不安定さが影響し、勝ち点26(9勝8分17敗)で降格。
・1999-2000シーズンのアトレティコ・マドリード:ジミー・フロイド・ハッセルバインクが34試合で24ゴールを挙げる大活躍を見せたものの、クラブの司法問題や度重なる監督交代が響き、バレロン、モリーナ、バラハらを擁しながらも降格。
ムリキの孤軍奮闘が報われるか、あるいはこの歴史的な悲劇のリストに名を連ねることになるのか、最終節にすべてがかかっています。
(via MARCA)