レッドカード生みの親の死去と五輪メダルの盗難
アルゼンチン代表とボカ・ジュニアーズの伝説的キャプテン、アントニオ・ウバルド・ラティン氏が89歳でこの世を去った。彼は1966年W杯イングランド戦での退場劇でサッカーの歴史を変えた人物である。ドイツ人主審のルドルフ・クライトラインから言葉の壁による誤解で退場を命じられた際、通訳を要求してピッチに10分間居座り続けた。退場時には英国国旗がデザインされたコーナーフラッグを握りつぶし、エリザベス女王のためのレッドカーペットに座り込むという前代未聞の抗議を行った。この大混乱がきっかけとなり、FIFAの審判委員長ケン・アストンが信号機から着想を得てイエローカードとレッドカードのシステムを考案するに至った。一方、スペインではパリ五輪のカヌー競技で銅メダルを獲得したサンセバスチャン出身のパウ・エチャニスが、車上荒らしの被害に遭った。車内のシートの下に隠していた貴重な銅メダルを盗まれ、警察に被害届を提出。彼は自身のInstagramで『お願いだから返して。僕のたった一つのメダルなんだ』と犯人に向けて悲痛なメッセージを発信している。(via MARCA) (via Mundo Deportivo)
少年サッカーのスタンド乱闘で2名搬送
ギプスコアのトロサで開催されていた少年サッカーの国際大会「ドノスティ・カップ」の試合会場で、痛ましい事件が発生した。エリート・ムルシア対ラスベガス2のアレビン年代(11~12歳)の試合中、スタンドの保護者やファン同士の口論が大規模な乱闘へと発展。バスク州警察(エルツァインツァ)が緊急出動する事態となった。この暴力沙汰により2名が負傷し、トロサのラ・アスンシオン・クリニックへ救急搬送された。試合は安全確保のため、両チームのファンを完全に隔離した上で再開されるという異例の措置が取られた。(via MARCA)