物議を醸すパリ弾丸移動
🇫🇷 キリアン・エムバペが火曜日の午前にバルデベバスで約1時間ほど単独トレーニングを行った直後、午前11時にプライベートジェットでパリへ向かう弾丸移動を決行したことが発覚し、マドリーファンの間で波紋を広げています。
キリアン・エムバペはパリで終日過ごした後、同日夜21時頃にマドリードへと帰国しました。水曜日午後15時30分からの全体練習には通常通り参加する予定とされています。
しかし、フランス代表でのトルコ戦にて左膝後方関節包を過進展させて負傷した際、マドリードに戻らずパリにとどまって夜遊びに興じたり自転車に乗っていた姿が捉えられたばかりであり、クラブ医療陣への不信感や態度の甘さを指摘する批判が噴出していました。
今回のパリ往復に対し、モウリーニョ監督のもとでチームの規律と緊張感が高まる中、ファンの失望と怒りは一段と強まっています。今週末のビジャレアル戦での復帰を目指すキリアン・エムバペですが、ピッチ上で圧倒的な結果を出さなければファンの信頼を取り戻すことは極めて難しくなっています。(via SPORT)
ラ・ファブリカでの感涙秘話
🧤 レアル・マドリードの伝説的守護神であるイケル・カシージャス(45歳)が、クラブの下部組織ラ・ファブリカを訪れ、未来のゴールキーパーたちに向けて自身の極貧だった幼少期のエピソードを告白しました。
18歳でサン・マメスのビルバオ戦で衝撃的なデビューを果たし、34歳までマドリーのゴールマウスを守り続けたイケル・カシージャスですが、モストレスで育った少年時代は裕福とは程遠い環境でした。労働者階級の家庭で育った当時の思い出について、イケル・カシージャスはカンテラの子供たちに次のように語りかけました。
『私はいつも土のグラウンドでプレーしていて、家に帰ると全身泥まみれでした。スパイクがドロドロになっていたので、母からは毎日のようにひどく叱られていました。当時はGKグローブを買うお金すらありませんでした。そのため、父が私のグローブの掌部分に何度もパッチを当てて、継ぎはぎに補修してくれたものを大切に使っていました』
現在では年商1,100万ユーロ以上を誇るアカデミーや基金を展開し、実業家としても大成功を収めているイケル・カシージャスですが、原点であるラ・ファブリカの少年たちへ温かいエールを送っていました。(via SPORT)