元エースのベシが明かすバルセロナ移籍拒否劇!オサスナでの覚醒と『保留権』に阻まれた幻のビッグクラブ移籍

⚽️ デポルティーボ・ラ・コルーニャとオサスナの間には歴史的に膨大な選手が行き来するようなパイプラインは存在しないものの、パンディアーニ、シスコ、そしてベシといったリアソールで強烈な記憶を残し昇格に貢献したストライカーたちが両クラブのファンを沸かせてきた歴史が存在する。

🇪🇸 コルーニャ出身のベシは、もともとファブリルの中心選手として活躍し、当時は単なる提携クラブだったファブリルの昇格プレーオフも戦っていた若きストライカーだった。デポルティーボのトップチームで定着しきれずにいた1966年夏、クラブはセルチュカを獲得する取引の一環として、エスコラとともにベシをサン・フアン(旧オサスナ本拠地)へ2年間のレンタル移籍で放出することを決定した。

🔥 しかし、オサスナでのベシはセグンダ・ディビジョンで13ゴールを挙げ大覚醒を遂げる。その卓越したパフォーマンスにより、デポルティーボはわずか1年でレンタルを打ち切り、1967年夏に彼を即座に呼び戻すこととなった。降格直後だったデポルティーボはベシやチョロといった復帰組を中心に補強を進め、さらにモリジャら新たな戦力を加えた。

👀 この1967年の夏、実はFCバルセロナがベシの獲得に向けて動いていた。バルセロナはサバルサの獲得と同時にベシの引き抜きも狙っており、ベシ本人に直接アプローチを行っていた。当時を振り返り、ベシは次のように語っている。

『あのシーズンの後、バルセロナが私と話し合いにやってきた。彼らはサバルサを獲得し、私も一緒に連れて行きたがっていたんだ。しかし当時はクラブが売りたがらなければ移籍することは不可能な時代であり、デポルティーボは交渉のテーブルにすらつかなかった』

💡 当時はかつて存在した「Derecho de Retención(保留権)」という制度があり、所属クラブが拒否すれば選手は移籍できなかったため、バルセロナへのビッグクラブ移籍は実現しなかった。(via SPORT)