『座席の鉄骨が刺さる!?』軍用機のようなチャーター機で監督から悲鳴!過酷すぎた90年代の遠征手配&裏方エピソード

✈️ 現代のプロサッカークラブでは考えられないほど、当時のデレガードの業務範囲は広大で過酷を極めていました。審判へ提出する選手証の準備や試合当日の進行管理にとどまらず、遠征のスケジュール調整、ホテルや合宿地の手配、そして選手団が移動するための航空機の手配に至るまで、すべての裏方作業をカルロス・ペレス氏がたった一人で切り盛りしていたのです。

海外遠征の際には、サラマンカの重鎮であり「Halcón Viajes」や「Air Europa」の所有者であったフアン・ホセ・イダルゴ氏を通じてチャーター機を確保していました。しかし、国内遠征の移動手段を手配するにあたっては、今だから明かせるヒヤヒヤのトラブルエピソードがありました。

😱 ある日、国内遠征用の飛行機を探すため、カルロス・ペレス氏は一人でポルトへ向かい、現地の航空会社と契約を結びました。ところが、用意された飛行機はまるで軍用機のような年物で、座席のクッション性が皆無であり、座るたびに内部の鉄骨が座面に浮き出て身体に刺さるような酷い代物だったのです。

最初の遠征地であったブライアン・サラゴサへ向かう機内で、ヴィクトル・フェルナンデス監督はたまらずカルロス・ペレス氏のもとへ駆け寄り、『おいおいフアン・カルロス、冗談だろ!現地に着く前に俺たちが大怪我してしまうぞ!』と悲鳴交じりの猛クレームを叩きつけました。当然ながらその航空会社はすぐに変更されることになりましたが、手探りでチームの足を確保していた当時のデレガードの苦労と過酷さを物語る伝説の逸話として語り継がれています。(via SPORT)