度重なる負傷劇の苦悩と23歳での苦渋の現役引退決断
初スタメンを飾ったジローナ戦は、ハビエルのキャリアにおける大きな転換点となりました。幼少期から彼を苦しめ続けてきた怪我の連鎖が、プロの要求する強度によって一気に限界を迎えたのです。
ハビエルが最初に怪我を負ったのは12歳(あるいはそれ以前)の時で、当時の監督も対応に頭を抱えるほどでした。生涯を通じて怪我と戦い続けてきたものの、ついに克服することはできませんでした。ジローナ戦を終えた後、彼は自分の身体がセグンダの過酷な負荷についていけないことを痛感しました。
高い身体的負荷をかけて試合を乗り切ることはできても、その後の1週間はペースチェンジすらできなくなり、次の週になってもコンディションが戻らない状態が続きました。チームメイトたちが飛ぶような速さで調整を進める中、自分だけが動けない焦燥感に苛まれたのです。
オサスナを退団したハビエルは、セルセダ、イサッラ、そしてレアル・ウニオンへと移籍しました。レアル・ウニオンは伝統あるクラブで彼を紳士的に扱ってくれ、加入直後は良好なスタートを切ったものの、怪我の頻度はさらに悪化し、週に3回の練習すら満了できない状態に陥りました。
クラブ側からは契約更新の打診を受けましたが、ハビエルは『もうこれ以上は無理です。私のメンタルヘルスが耐えられません』と告げ、オファーを固辞して現役引退を決断しました。クラブ側も彼の苦渋の決断を尊重しました。
怪我の原因については、左右の足の長さが異なることなど様々な説が提示されましたが、決定的な解決策には至りませんでした。理学療法、リハビリ、インソールの変更などあらゆる治療法を試しました。オサスナ時代にはハムストリングの権威である理学療法士ジュルダン・メンディグチアのもとで一時的に継続した出場が可能になりましたが、プロの競技レベルに耐えうる身体を取り戻すことはできませんでした。
2020年12月、当時23歳だったハビエルはラストマッチを戦い、惜しまれつつスパイクを脱ぎました。 (via MARCA)