独裁派会長のクラブ売却画策と首都クラブとの接点

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クラブの歴史においては、政権側についた会長による暗闘と、首都レアル・マドリードの歴史的背景との意外な交錯も存在する。

オサスナの会長を2期務めたアントニオ・リサルサ(Antonio Lizarza)は、クーデターの準備段階で1934年にローマへ渡りムッソリーニから軍事・財政支援を取り付け、クーデター当日は将軍を連れてくる役割を担ったカルリスタの重鎮であった。彼は内戦においてリケテの徴兵代表として勢力を拡大し、第二次世界大戦中にはナチスとも接触していた人物である。リサルサはオサスナの会長時代、クラブが抱えていた多額の債務に苦しみ、クラブそのものをアトレティコ・アビアシオン(現アトレティコ・マドリード)やレアル・マドリード(当時マドリードFC)に売却しようと画策した。二つの交渉はいずれも不成立に終わったものの、オサスナ存続の危機を示す歴史的背景となっている。

このリサルサの存在の裏で、現代の「オサスナ・メモリア」の取り組みはレアル・マドリード側の遺族とも結びついている。内戦期にマドリードFCの会長を務めた共和派のフアン・ホセ・バジェホ(Juan José Vallejo)の息子であるカルレス・バジェホ(Carles Vallejo)や、同じく共和派のアントニオ・オルテガ大佐のひ孫であるガブリエラ・エチェベリアは、レアル・マドリードから公式な会長としての歴史的承認を得るために闘っている。

カルレスは『父は共和政下でスポーツ振興に尽力し、クラブを戦時下の防衛や慈善活動に役立てた。2002年のクラブ100周年の際には一時的に公式サイトに会長として掲載されたものの、民主的に選出されていないという理屈で抹消された。フランコ体制下の会長選出も同様に非民主的であったにもかかわらず抹消されるのは不条理だ』と語り、オサスナの犠牲者遺族たちと志を同じくして、クラブの正しい歴史認識と名誉回復を求めて連帯している。(via MARCA)

【本日の総括】

オサスナの歴史に刻まれたスペイン内戦期の弾圧と犠牲者たちの記憶は、有志団体や遺族の手によって今なお繋ぎ合わされている。エル・サダールでの追悼の始球式要求や、レアル・マドリードの共和派会長遺族との連帯など、ピッチの枠を超えた名誉回復と歴史検証の取り組みが今後も注目される。