処刑人への痛烈な一言と時計塔内の逃亡劇

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悲劇の中で語り継がれる遺族たちの記憶には、驚くべきエピソードや奇跡的な生還劇が含まれている。

内戦勃発時のオサスナ役員であり共産主義者でもあったホセ・ハビエル・ビャフランカ(José Javier Villafranca)の息子、トミ・ビャフランカ・リサラサ(Txomin Villafranca Lizarraza)のエピソードもその一つである。トミの家族はクーデター後に猛烈な迫害を受け、祖父レアンドロはウルロス近くの溝で処刑され、逃亡した父もバルセロナの刑務所で命を落とした。

当時赤ん坊だったトミは成長後、ある日曜の朝、パンプローナのフアン・カルロス3世通りで、かつてナビャラで多数のオサスナ関係者を殺戮したカルリスタ義勇兵(リケテ)の暗殺部隊の主要な処刑人であったベニト・サンテステバン・マルティネス(通称「エル・サンテーロ」)を見かけた。工事現場の深い掘削穴を見つめていたサンテステバンに対し、トミはすぐ隣に立ち、視線を合わせずに『おい、この穴なら何人の被処刑人が入るだろうね!』と声をかけた。かつての処刑人は顔を蒼白にし、恐怖のあまり言葉も無く走って逃げ去ったという。

また、第3代会長ナタリオの兄弟であるエンリケ・カジュエラ(Enrique Cayuela)は、バルカルデラの虐殺で兄弟のパブロ・サンティアゴを失うという絶望の中で奇跡的に生き残った。彼はパンプローナの旧バスターミナルにある大時計の内部に身を隠すことで難を逃れ、その後家族とともにチリへの亡命を果たした。サンティアゴ・デ・チリに住む孫娘のマリサ(Marisa)は、オサスナ・メモリアの協力により、かつて祖父が潜んだ時計内部に入る機会を得て、家族の歴史を再構成することができた。この生還劇は、遺族たちにとって今も大切に語り継がれている。(via MARCA)