元リーガの主役ハビエル・カムニャスが激白!エメリ監督時代の契約合意が白紙になった真実
かつてレクレアティーボ・ウェルバやオサスナなどで活躍した元スペイン人MFハビエル・カムニャスが、2009年の夏にバレンシアと4年間の大型契約を事実上締結していたものの、クラブの経営権移行と財政破綻の余波によって一方的に破棄されていた驚愕の過去をポッドキャストで告白しました。
2008-09シーズンにレクレアティーボで10ゴールを記録し、時の人となっていたカムニャスに対し、当時バレンシアを率いていたウナイ・エメリ監督は熱烈なアプローチを行っていました。両者は4年間の巨額契約で事前合意に達しており、加入は目前に迫っていました。
カムニャスは当時の交渉をこのように生々しく回想しています。『私はバレンシアと事前合意を交わしていた。ウナイ・エメリ監督が私の獲得を熱望してくれていたからだ』
当時の計画では、バレンシアが財政難を解決するためにダビド・ビジャやダビド・シルバといったワールドクラスの主力を高額で売却し、その資金の一部を充ててカムニャスを獲得する予定でした。しかし、運命の歯車は突如狂い出します。2009年6月4日にビセンテ・ソリアーノ会長が突然辞任し、直後にマヌエル・ジョレンテ新会長が就任しました。
当時のバレンシアは5億4700万ユーロという天文学的な負債を抱え、さらに9240万ユーロの増資を行わなければ破綻寸前という極限状態にありました。ジョレンテ新会長は就任直後、経営再建のために信じられない決断を下します。
カムニャスは新会長の様子を次のように振り返っています。『その後、会長がジョレンテに代わった。彼は、誰も売らないし、誰も獲得しない、契約なんか知ったことかと言い放ち、白紙に戻されてしまったのだ』
ジョレンテ会長はチェルシーから届いたビジャへの4500万ユーロのオファーを拒否して残留を宣言(ビジャは翌年にバルセロナへ4000万ユーロで移籍)。代わりにラウル・アルビオルをレアル・マドリードへ売却することで目先の現金を確保し、カムニャスとの約束されたはずの「チャンピオンズリーグを戦うバレンシアでの4年間」のミリオン契約は一瞬にして白紙撤回されました。
窮地に立たされたカムニャスでしたが、結果的にはオサスナへの移籍が救いとなりました。エスパニョールやラシン・サンタンデールなどからもオファーがあった中、あえて金額が最も高いわけではなく、契約期間も3年と短かったオサスナを選びました。
カムニャスはその決断の理由を次のように語っています。『オサスナはどのように進めたのかわからないが、チャンスを待ってしっかりとした移籍金を支払ってくれた。私にとって最も高額な条件ではなく、契約も3年間だけだったが、支払いの確実性は他よりもはるかに勝っており、熱意も伝わってきた。私のあの時の判断は大正解だった』
実際にオサスナで2シーズンにわたりリーグ戦67試合に出場し、大きな存在感を示したカムニャスにとって、バレンシアの裏切りはキャリアの分岐点となる最大のドラマでした。 (via SPORT)