ラミン・ヤマルのスペイン代表選択緊迫の内幕:モロッコ政府や父親の猛烈なプレッシャーを拒絶した日

2026年ワールドカップを制覇し、最高の夏を過ごした19歳のラミン・ヤマル。彼がかつてスペイン代表とモロッコ代表のどちらを選ぶかで揺れていた当時の、緊迫した説得工作の内幕が明かされました。

スペインサッカー連盟は、1996年から2010年生まれの世代の中から、二重国籍を持ち他国を代表する可能性のある選手を約125人識別していました。そのリストのトップにいたのがラミン・ヤマルでした。

当時のスペイン代表スポーツディレクターであるアルベルト・ルケ氏によれば、ヤマルを説得するプロセスは決して簡単なものではありませんでした。モロッコの代表監督が直々にヤマルを訪ね、さらにモロッコ政府も国を挙げて説得に動き、父親のムニル・ナスラウィ氏を説得することも非常に複雑で困難を極めたと語っています。

一方、ヤマルの母親であるシェイラ・エバナ氏は冷静に、連盟側に対して『本当にこの子にA代表でプレーできる実力があると考えているのか、それとも単にモロッコ代表に行かせないための引き止めなのか』と核心を突く質問を投げかけました。連盟側は『すでに十分に準備ができている』と答え、彼女の信頼を得ることに成功しました。

最終的に決断を下したのはヤマル自身でした。周囲からの猛烈なプレッシャーを浴びながらも、ヤマルはルケ氏に対して、はっきりと『ヨーロッパ王者になりたい。あちこちからプレッシャーは受けているが、自分はスペインでプレーしたい』と自らの意志を告げ、スペイン代表としての未来を選択しました。その後の活躍とワールドカップ制覇は、彼のこの強い決意から始まった歴史そのものです。(via SPORT)