1試合2度のポスト直撃とW杯落選の因縁:カルロス・ムニョスが明かす1988-89シーズンの悲運
カルロス・ムニョス氏とヘスス・ヒル会長の衝突はこれだけに留まらず、メスタジャで行われたバレンシア戦でも大きな波紋を呼ぶ出来事がありました。
個人としてもチームとしてもゴールから見放されていたカルロス氏は、前半15分に獲得したPKの場面で、本来のキッカーであったマリーナ氏から『自分に蹴らせてほしい』と強引にボールを奪い取りました。ベンチから指揮官が大声で制止する中での蹴り直しでしたが、放たれたシュートは痛恨のポスト直撃となってしまいます。
さらに後半、相手GKを完全にかわして完全に無人となったゴールへ放ったシュートも再びポストに嫌われ、チームは0-1で敗戦。試合後に控室へ怒鳴り込んできたヒル会長から『一体自分を何様だと思っているんだ』と詰問されたカルロス氏は、怒りを爆発させて『私がいらないと言うなら、どこへでも追い出すなりレンタルに出すなりしてくれ!』と叫び返し、会長を気圧させたエピソードを明かしました。
その後、新監督に就任したハビエル・クレメンテ氏からの強い引き留めを断ってオビエドへの復帰を決断したことが原因で、後年オビエドで21ゴールを挙げて国内最多得点者となったにもかかわらず、1994年アメリカW杯のスペイン代表メンバーから外されるという意図的な不選出を受けたと告白。当時は悔しさのあまり号泣したと振り返っています。
1988-89シーズンのアトレティコは、フトレ氏や36ゴールを挙げたバルタザール氏ら一流選手を擁しながらも、UEFAカップでオランダのフローニンゲンに敗退するなどチーム全体が迷走した困難なシーズンであったとまとめました。(via Estadio Deportivo)
【本日の総括】
若き才能たちがオーランドの地でバルセロナとの宿敵対決に挑む一方で、クラブの歴史を彩るOBカルロス・ムニョス氏からはヘスス・ヒル時代のエピソードが語られました。今も昔も情熱と波乱に満ちたアトレティコ・マドリードの動向から目が離せません!