【リュディガー極貧の記憶
今夏に契約を1シーズン延長し、今やチームの守備に欠かせない闘将アントニオ・リュディガーが、自身が育ったベルリンのノイケルン地区での壮絶な幼少期を明かしました。現在は華やかなプロフットボールの頂点に立つ彼ですが、そのルーツは極貧の中にありました。
シエラレオネからの移民である母親とドイツ人の父親のもとに生まれ、当時はまだ治安が悪く荒れていたノイケルンで育ったリュディガーは『私の幼少期は貧困そのものだった。食べ物と飲み物があること自体が裕福な証拠で、テーブルの上にチキンが一皿載っていれば、その日はまるでお金持ちになったかのような気分だった』と語っています。また、路上での喧嘩は日常茶飯事の厳しい環境でした。
特に彼の胸に深く刻まれているのが、8歳のときのエピソードです。学校の課外授業に行くために母親に数ユーロのおねだりをした際、母親は何もくれませんでした。リュディガーは『傷ついたのはお金をくれなかったことではなく、お金をあげたいのにどうしてもあげられない母の悲しそうな顔を見たことだった。胸が張り裂けそうになり、このときから、自分は今すぐ男にならなければならないと心に誓った』と振り返っています。
幼少期の彼の夢は、特定のビッグクラブでプレーすることではなく、ただ『一生懸命働いて、家族を助け、育ててくれた恩を返すこと』だけでした。当時はレアル・マドリードの白いユニフォームに袖を通すことなど想像すらしていなかった少年が、今や世界最高のクラブで戦い、ドイツ代表としてワールドカップの舞台に立つという美しいシンデレラストーリーを体現しています。(via Estadio Deportivo)