バルサ移籍破談劇の衝撃的内幕:2月の約束、裏メッセージ、自滅したフリアン

この夏、アトレティコ残留という結末を迎えたフリアン・アルバレスですが、その裏側には、クラブ首脳陣への不信感と、自らの選択によって袋小路に迷い込んだフリアンの壮絶な自滅ドラマがありました。

事の始まりは2月に遡ります。シメオネ監督が求める非常に守備的なプレースタイルや戦術に適応できず、精神的にも限界を感じていたフリアンは、クラブのCEOであるミゲル・アンヘル・ヒル・マリンとレストラン「アマゾニコ」で差し向かいの会食を行いました。そこでヒル・マリンCEOは、

『今シーズンが終わるまで全力を尽くしてくれたら、この夏には移籍できるように力を貸す』

と約束しました。しかし、5月末にヒル・マリンCEOから代理人のフェルナンド・イダルゴ、そしてフリアン本人に送信されたメッセージの内容は、約束とはかけ離れた極めて厳しい条件でした。そこには、

『売りたくはないが、もしどうしても売却するのであれば、交渉は現金のみで1億5000万ユーロとし、選手を含めたトレードは一切認めない。また、6月20日までにすべてを完了させること。そして、選手自らが公に退団の意思を表明すること』

と記されていたのです。

フリアンが心から切望していたバルセロナは、実際に1億ユーロの正式な獲得オファーを書面でアトレティコに送っていました。しかし、これに激怒したヒル・マリンCEOは、自身のSNSでラミン・ヤマルペドリにアトレティコのユニフォームを着せた合成画像を投稿するなど、バルサを小馬鹿にする姿勢を隠しませんでした。一方、バルサのラポルタ会長は、ヒル・マリンCEOに直接交渉の電話をかけることもせず、「果実が熟して落ちるのを待つ」という楽観的な戦略に終始し、フリアンを最後まで放置しました。バルサ側は『最終日まで君を待つ』と言いながら、何のアクションも起こさなかったのです。

代理人のイダルゴは、アトレティコとバルサの交渉が完全にブロックされたため、フリアンが受ける苦痛を避けようと奔走しました。そしてアーセナルとの間で、移籍金1億2500万ユーロ(+出来高1000万ユーロ)、フリアンの年俸として現在の700万ユーロから大幅アップとなる1100万ユーロという破格の条件で合意を取り付け、さらにシティへの復帰の道も準備しました。しかし、フリアンとその家族はこれらの合意を自ら拒絶しました。フリアンはアーセナルのミケル・アルテタ監督に直接電話をかけ、

『自分はバルサを待つつもりだ。だから自分のことは計算に入れないでほしい』

と断りを入れたのです。

フリアンの両親や兄弟など家族全員がマドリードで同居しており、ビザ制限の厳しいイギリスへの移籍を頑なに嫌がっていました。家族はアトレティコに対して、

『一度インテル・マイアミに移籍させ、そこからバルサに売却してほしい』

という、常識外れの突飛なアイデアまで提案していたと言います。フリアン自身も、移籍最終日に奇跡が起きてラポルタが1億5000万ユーロを抱えて現れると盲信し、毎日『今夜決める』と言い続けながら、何一つ決断を下せませんでした。そうして彼は、移籍もできずアトレティコで針のむしろのような日々を送るという自滅の道を辿ることになりました。

また、8月のビジャレアル戦の前、サポーターの激しい反発からフリアンを守るため、代理人や首脳陣、キャプテンたちが協議し、彼を招集外にするようシメオネ監督に働きかけました。しかし、フリアンは自ら、

『招集されても構わないし、試合に出る』

と言い張りました。彼は、本拠地メトロポリターノでサポーターから浴びせられるブーイングや怒りがクラブへの強いプレッシャーとなり、バルサへの売却を急がせる要因になると自負していたのです。結果的にこの賭けは失敗し、すべての関係者が傷を負う形となりました。この泥沼劇の中で唯一勝利を収めたのは、バルサからのオファーを頑なに拒否して門前払いを食らわせ、アトレティコサポーターからのポピュリズムによる絶大な支持を得たヒル・マリンCEOただ一人でした。 (via MARCA)