歴史的トリビア:レジェンド・ベラスケスの日光浴事件と1967年ソシエダ戦「9-1」大虐殺
本日のレアル・ソシエダ戦を前に、かつてマドリードの10番を背負った天才マヌエル・ベラスケス(1943-2016)を巡る面白い歴史的逸話が紹介されています。
ベラスケスは比類なきビジョンと技術を持った天才盤面支配者でしたが、同時に守備の労力を惜しむこともあり、サポーターから批判されることも多い選手でした。チームメイトのデ・フェリペ氏はそんな彼を『守備なら大丈夫だ』とジョーク交じりに庇っていました。
ある夏のプレシーズン、ナバセラダの山中で、ベラスケスが芝生に横たわって日光浴を楽しんでいるのを、名将ミゲル・ムニョス監督が目撃しました。監督は『練習前から太陽の下で寝転んでいるなど、走る気が全くない証拠だ!』と大激怒し、ベラスケスを練習場からホテルの部屋へ強制送還する懲罰を下したという伝説があります。また、ベラスケスは誇り高い性格で、あの偉大なサンティアゴ・ベルナベウ会長に対しても、自分や仲間のために堂々と意見を言える人物でした。
彼のキャリアにおける最大の輝きが、1967年9月15日のレアル・ソシエダ戦です。この日、マドリードはラ・リーガの歴史上、ソシエダ相手に最大点差となる9-1で勝利。ベラスケスは全く同じエリアから全く同じシュートを3度突き刺し、ハットトリックを達成しました。当時、アマンシオとグロッソから素晴らしいラストパスを受け取ったベラスケスですが、当時はまだスペインにハットトリックを達成した選手が試合球を自宅に持ち帰るという英国式のルールが導入されておらず、ボールはピッチに残されました。
この歴史的な圧勝劇を、サンティアゴ・ベルナベウ会長はスタジアムで見ていませんでした。会長は自宅に残り、テレビで試合を観戦していました。その理由は、翌日にアムステルダム遠征のフライトを控えていたためで、スタジアムの貴賓席には妻のマリアさんが座っていました。また、敗れたソシエダのピッチには、後に監督としてソシエダに2度のリーグタイトルをもたらすアルベルト・オルマエチェア氏が選手として出場していました。(via MARCA)
モウリーニョが語るヴィニシウスの二面性、そしてカラの「腎臓キック」
前戦のエスパニョール戦で議論を呼んだヴィニシウス・ジュニオールの行動に関し、モウリーニョ監督は会見で『かつて私が言ったことは知っているだろうが…』と前置きしつつも、大切な教え子を全面的に擁護する姿勢を見せました。
モウリーニョ監督には、ヴィニシウスに対して二面性の評価が存在します。
かつてリスボンで対戦した相手指揮官だった頃のモウリーニョは『彼は常に相手を挑発し、ゴールの祝い方もあまりに攻撃的。何であんなに問題ばかり起きるのか』と、厳しい検察官のような目線で彼を批判していました。
しかし、マドリードを率いる立場になった今、監督は『彼はピッチ上で常に相手のラフプレーのターゲットになり、削られ、試合から排除されようとしている』と、頼れる弁護人として彼を擁護します。
実際、開幕戦では、試合が始まってすぐにエスパニョールのカラ選手がヴィニシウスの背後から腎臓を狙ったキックを見舞うなど、組織的なターゲットにされていました。モウリーニョ監督は、相手チームがヴィニシウスを刺激し、興奮させて自滅を誘う戦略を熟知しており、彼を落ち着かせるための精神的指導に力を注いでいます。
また、モウリーニョ監督は最近の記者会見で、ベリンガムをよりゴールに近い位置で機能させる戦術や、アルダ・ギュレルを組み立ての低い位置でどのように活用するかなど、戦術論を熱心にメディアにレクチャーするようになっており、その開放的なアプローチはマドリードのファンの間で高く評価されています。(via MARCA)