クラブ動乱期を駆け抜けた元会長「ピリス」ことホセ・ルイス・アルバレス氏が83歳で死去

セルタのクラブ史において、最も波乱に満ちた短期間の政権を担った元会長の一人であるホセ・ルイス・アレホ・アルバレス氏が、地元ヴィゴにて83歳で死去しました。経営する企業の名称から親しみを込めて「ピリス(Pilís)」の愛称で親しまれた同氏は、1990年代初頭の非常に混乱していた時期にセルタのトップに立ち、クラブの歴史的過渡期を支えた人物でした。🕯️🖤

時計の針を1990年に戻すと、長年クラブを率いたホセ・ルイス・リヴァドゥリャ会長が退任を決意した際、アルバレス氏はチェマ・フィゲロア、エロイ・デ・フランシスコ、ゴメス・カルバジョ、オラシオ・ゴメスらと共に会長選挙への出馬を表明しました。当初はエリアス・アロンソ・リエゴ氏との一騎打ちになると見られていましたが、最終的に対立候補が辞退したことで、1990年10月11日にアルバレス氏が正式にセルタの第23代会長へと就任しました。🏛️✍️

しかし、就任直後から激動の試練が襲いかかります。当時はスペイン・フットボール界全体でクラブのSAD(スポーツ株式会社)化に向けた経営健全化計画が進められていた最中でした。アルバレス会長は就任後まもなく、前執行部が提示していた財務公表額を大幅に超える巨額の実質負債がクラブに存在していることを突如告発し、クラブを取り巻く環境は一気に緊迫しました。またピッチ上でも当時チームはセグンダ・ディビシオン(2部)に低迷しており、成績不振を理由にマグレギ監督の解任に踏み切るなど激動の決断を下しました。⚖️📉

最終的に、理事会内部で反対派のリーダーとなっていたチェマ・フィゲロア氏を自ら解任した直後の1991年1月14日、アルバレス氏はわずか3ヶ月間(通算95日間)の在任期間で会長の職を辞任することとなりました。その後、後任となったエロイ・デ・フランシスコ体制のもとでチームはセグンダ降格の危機を危機一髪で回避し、続く激しい金融暴風雨を乗り越えてクラブ存続を果たしました。短くも劇的な時代を駆け抜けた元会長の訃報に、クラブ関係者からは哀悼の意が捧げられています。 (via SPORT)