ボルドーの降格とルーゴでの挫折を乗り越えて:カンプ・ノウでの衝撃デビューと10年越しの夢

ヨハネコがトップチームで輝くまでの道のりは、決して順風満帆なものではありませんでした。名門ジロンダン・ボルドーの下部組織で育ちましたが、クラブが降格した際にサイドバックの層が厚かったことから、19歳から20歳の時期にプレー機会を求めてCDルーゴへ期限付き移籍(24試合に出場)。その後、2024年にビルバオ・アスレティック(Bチーム)へ加入するという苦労を重ねてきました。

当時の葛藤や自身の成長プロセスについて、ヨハネコは当時をこう振り返ります。

『どんな選手のキャリアにも難しい時期は存在します。ボルドーを離れてルーゴへ行った当時は、1年後や3年後のことなど考えず、ただ一日一日を必死に生きていました。今振り返って自分が歩んできた道を見ると、絶えず努力を続けてきて本当に良かったと感じています。22歳にして、ずっと望んでいた夢を手に入れることができました』

今夏の前には、フットボールディレクターのミケル・ゴンサレスからトップチームのプレシーズンに参加することを通達され、家族の熱い後押しを受けながらチャンスを物にしてきました。

そして迎えた待望のデビュー戦は、カンプ・ノウでのバルセロナ戦という極めて高いハードルの大舞台でした。試合前、テルジッチ監督からは熱い言葉で背中を押されたといいます。

『監督からは『世界最高のウイングを相手にしなければならないのだから、君にとって決して簡単な試合にはならないだろう。だが、プレシーズンで素晴らしい仕事をしてきたのだから、この瞬間を思い切り楽しんでこい』と言われました』

ポジションについては『任された場所ならどこでも100%でプレーしますが、一番しっくりくるのはやはり左サイドバックです』と語る一方で、Bチームとトップチームの最大の違いとして「要求される強度の高さ」を挙げ、『ここではすべてが目まぐるしいスピードで展開する』とトップレベルのスピード感を実感しています。

さらに、ホームのサン・マメスでプレーを果たした感動について、特別な思い出を明かしました。

『10年前、現在トップチームで第3GKを務めているミケル・サントスとともに、このサン・マメスで育成の大会を戦ったことがありました。だからこそ、トップチームの一員としてサン・マメスのピッチに最初の一歩を踏み出せたことは、大きな希望であり誇りです。人生の目標の一つが達成できましたが、ここからさらに仕事を続けていかなければなりません』 (via MARCA)